(3)

 最初にその異変に気がついたのはロゼットだった。

 ロゼットは僕のそばで大けが負った兵士を介抱していたが、ふと手を休め、顔を上げた。

 それから、すでに夜が更け暗くなった窓の外の方を見ながら言った。


「ユウト様、少しよろしいでしょうか?」 


「はい?」


「先ほどから、外の方から何か聞こえてきませんか? ……これは、歌?」


「え……?」


「どうか耳をお澄ましになってみてください。ロードラントの懐かしい歌の調べがはっきりと聞こえてきます」


 いきなり何を言い出すのかと思ったら――この生きるか死ぬかの攻城戦の中で「歌の調べ」だって?

 よりによって完璧メイドのロゼットもあろう人が、そんなありえもしないことを口走るなんて……。

 いや――しかし、それも無理はないか。

 なにしろロゼットは昨日から昼夜問わず、まさに不眠不休で人一倍働いてきたのだ。

 激しい疲れが、幻聴の一つや二つ引き起してもさほど不思議ではない。


 ところが――

 

「本当だわっ!」

 と、ロゼットに同調して叫んだのは、別の負傷者に魔法をかけ終えたシスターマリアだった。

「外からロードラントの“偉大なる故郷の歌”が聞こえてきます!」


 僕はなぜかドキリとして、言われた通り聞き耳を立ててみた。

 すると確かに、どこからかこの広間の中まで、アカペラの大合唱の歌が流れてくるではないか。


 ♪ 悠久の大地 悠久の空――

  ♪ 火、水、風、土――

   ♪ すべての流れは足跡みちとなって故郷に通じる――

    ♪ かの地は美しき王の領域ロードラント――

     ♪ 遥かなる王の領域ロードラント――


 どこからか流れてくるその合唱歌は何度も繰り返されて歌われ、音も次第に大きくなってきた。

 当然、負傷しベッドに横たわる重症の兵士たちの耳にも入ってしまう。


「おお……」

「……これは」


 歌声は傷つき弱った兵士たちの、郷愁きょうしゅうを強くいざなったらしい。

 そこにいる兵士は皆、平和な故郷のことに思いをはせ、しんみりし、中には涙を流す者さえいた。

 そしてそれは、看病に疲れた城のメイドたちも一緒だった。

 全員一斉に動きを止め、しばしぼう然と歌に聞き入っている。


 が、メイドの中でも、ロゼットだけは違った。

 さすがと言うべきか、その場の雰囲気に流されず、あくまで冷静に疑問を呈した。

 

「これは実に面妖なことですね。――ユウト様、お気付きですか? 歌が始まってから、それ以外の音や声が一切しなくなったのを」


「そういえば――」


 さっきまでさかんに鳴り響いていた、激しい戦いの音――人や獣の叫びや唸りや、モノとモノがぶつかり合う音が、今はまったく止んでいた。


「確かに歌以外、何も聞こえません」


「ユウト様、戦闘はどうやら一時中断しているということでしょうか? でも、なぜ――」


 この状況、おかしい。おかしすぎる。

 急に仲直りして敵味方みんなで歌をうたっているなんてこと、万が一にもありえない。

 ということは――!


 僕はいわく言い難い嫌な予感がして、ロゼットとシスターマリアに言った。


「ロゼットさん、シスター、申し訳ないけどここをしばらく頼みます。僕がちょっと城壁に上って様子を見てきます」


「ええっ! でも……」

 と、猫の手も借りたいシスターマリアが困った顔をする。


「すみません。何事もなかったらすぐに戻りますから。でも、なんだかとっても嫌な予感がするんです」


 そう言って僕は、二人の返答を聞く間も持たず、大急ぎで大ホールを飛び出した。 

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