(2)

「ユウト様! しょげこんでいる場合ではありませんよ!」

 シスターマリアは意気消沈する僕の心を読み取ったのか、珍しく大声を上げ、発破をかけてきた。

「ほら、もう次の負傷者の方がいらっしゃいましたわ。あ、その後ろにまた別の方か――」


 シスターの言葉が皮切りになったように、大広間には次から次へと負傷した兵士たちが担ぎ込まれてきた。

 そのほとんどが、城壁の上で戦っている最中に、敵の放った矢や投石に当たって傷ついた人たちだ。


 本来、タワーディフェンスは守る側の方が圧倒的有利なはず。

 なのにこの負傷者の多さとケガのひどさは、始まったばかりのデュロワ城防衛戦が、いかに激しいものかを端的に物語っている。


「ユウト様、今ここで回復魔法が使えるのは私たちのみ。そして魔力はユウト様の方が私よりはるかに上――」

 と、シスターマリアが言った。

「ですから、ユウト様は重症者の回復をお願いします。私はそれよりは軽めのケガを負った方を担当させていただきます」


「手分けして治療にあたるわけですね。了解しました」


 ケガで苦しむ多くの兵士を目の前にして、悩みは一気に消し飛んだ。

 僕とシスターマリアは、メイドたちの助けを借りながら、ベッドに寝かされた兵士たちの間を飛んでまわって、次々と『リカバー』を唱えてケガを治療していく。


 が、それ以上に患者の増えるペースが速い。

 簡易ベッドの空きはどんどん減っていき、比較的軽症の人は床に座って休んでもらうことになった。

 しかし、そんなトリアージのようなことをしても、治療が間に合わず命を落としてしまう兵士の数も増える一方だった。


 こうなるともう、外の状況に気にする余裕は一切なくなった。

 なにしろ医者役の僕とシスターも、看護師役のメイドたちも、全員目が回るほどの忙しさで、休むことも、食事を取ることもできないのだ。

  

 ただ窓の外に見える空の色によって、時間の経過だけは判断できた。

 陽が高くなり、夕闇が迫り、やがて夜になる――

 その間も絶えずイーザ軍とコボルト軍の猛攻撃が続いているようだった。

 

 戦いが始まって丸一日。

 それでも敵が濠を渡り、城壁を乗り越えてくる気配はなかった。 

 デュロワ城の造りが非常に堅固なのに加え、ここまで生き残ったロードラント兵の獅子奮迅の戦いにより、敵の侵入を水際で食い止めているのだろう。


 だが――

 防衛戦の戦況に大きな異変が起きたのは、みんなの疲労がピークに達しつつあった、その日の夜のことだった。

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