(14)

「ユウト、やはり撃つ気はないのか。だが……」

 と、エリックは複雑な表情を浮かべる。

「その甘さ、のちのち後悔するような事にならなければいいが……」


 これまで様々な戦場で経験を積んできたエリックは、わずかな間に、セルジュという少年の持つ歯止めのない無邪気なまでの残虐性を見抜いたのだ。

 そして、このままセルジュを放っておくべきではないと考えたのだろう。


 確かにそれはエリックの思っている通りかもしれない。

 ゼルジュがかなりヤバい人間であることは、僕にだってすでに知っている。


 でも、それでも僕はどうしてもセルジュの背中に砲弾を撃ち込むことはできなかった。

 というのも、さっきからしきりに頭の中にシャノンの顔がちらついて仕方なかったからだ。

 彼女はリナをさらった憎き敵ではある。

 が、しかし――


「エリック、実は僕もデュロワ城に来る途中、ある女剣士に額の先に剣を突きつけられて殺される寸前まで追い詰められたんだ」


「なにっ? そんなことがあったのか!」


「うん。でも、その女剣士は僕を殺さなかった。なぜなら僕がその人より年下だったから。たったそれだけの理由で命を助けてもらったんだ。だから今はその人を見習い、あの少年を――セルジュを見逃してやろうと思う」


「おいおい、本気で言ってんのかよ! それに、もしかしてその剣士って、俺たちが霧の中で待機している時リナ様をかどわかしたシャノンとかいう女と同一人物じゃないのか――?」


「ああ、エリックは知ってたんだね。シャノンがリナ様をアリス様と勘違いして連れ去って行ってしまったことを……」


「アタシが話したのよ」

 と、男爵が口に手を当てて、ひそひそ声で言った。

「リナのことアリス様に悟られないよう、今、みんなでウソをついてるでしょう? リナはリューゴと王都に戻ったって。――その点エリックにも口裏を合わせてもらわなきゃいけないから、事情を説明しておいたの」


「あーあ。まったくわけが分からねえぜ」

 エリックが頭をくしゃくしゃ掻く。

「ユウト、なんでお前はそんな俺たちのかたきのような女のことを見習わなきゃならないんだよ」


「それとこれとは話が別だよ。シャノンはただ傭兵としての自分の任務を忠実に果たしただけなんだ。しかも彼女はリナ様が傷つくようなことは絶対にしないって約束していった。多分それは本当なんだ。――あ、エリック、誤解しないでね。それでも僕はリナ様のことを諦めたわけじゃない。少しでも早く、絶対に助けてみせるから」


「やれやれ、それはいいとしても……。なんと言うか、お前のそういった優しいというか、お人よしな性格嫌いじゃあないがなあ」

 と、エリックがため息をついて、男爵に訊いた。

「男爵様、どう思われます? このままあのセルジュとかいう獣使いを逃しちまっていいもんですかね?」


「そうね――」

 男爵が一瞬考え、すぐに答えを出した。

「エリック、あなたの気持ちも分かるけれど、この作戦を思いついて見事成功させたのはユウちゃんだわ。だから今回はユウちゃんの意思を尊重しましょう――それに見てごらんなさいよ、そっちにへたりこんでいるミュゼットを。これ以上とても戦えないわよ」


地獄の業火インフェルノ』をワイバーンに放ったミュゼットは、ヘロヘロな様子で城壁に持たれかかり、女の子座りをしていたのだった。

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