(29)

「じゃあね。またいつか会える日を楽しみにしてるわ」


 シャノンはそう言い残し、リナを抱えたままどこかへ跳躍しようと一瞬姿勢を低くした。

 

「あら!」

 男爵が叫んだ。

「あの女逃げる気よ! 急いでミュゼット、早く何とかして!」


「了解! ――コラ待て~!」

 ミュゼットがシャノンを捕らえようとパッと走り出す。

「この誘拐犯!」


 誘拐犯――?


 そうだ……! 

 今、シャノンが、自分がさらおうとしている王女が偽物リナだということに気付いたらどうだろう?


 シャノンは知識も判断力もあるまともな人間。

 真実を知ったら、王女ではない貴族の娘であるリナを――必要もないただの女の子をわざわざ拉致するような馬鹿なマネはしないはずだ。

 つまり、シャノンはリナをこの場に置いていくに違いない。


 が、王女の正体をシャノンにばらしたくとも、薬のせいで僕はもう声を出せない状態だ。

 ミュゼットか男爵がそのことを思い付いて、シャノンに伝えてくれればいいのだが……。

 今までの細かい経緯を知らない二人には、まず無理だろう。


 そして案の定――

 どころか、僕の期待とは正反対の行動をミュゼットは取った。


「待て待て! この卑怯者~」


 リナを抱いたままジャンプするシャノン。

 もう追いつけないと思ったのか、ミュゼットは突如は手でピストルを作った。


『フレイムショット――!!』


 次の瞬間、ミュゼットの指先から火球が発射され空中のシャノンとリナ目がけ一直線に飛んでいった。


 おいっ! 

 何やってるんだ!


 ほぼ魔力を消尽しているためか『フレイムショット』の勢いは弱い。

 が、それでも、二人に命中すれば最悪の結果が待っている。


「ミュ、ミュゼット! あんたバカなの!!」

 と、男爵が絶叫する。

「いま魔法撃ったらあの娘に当たっちゃうじゃない!!」


「あ、イケね」

 ミュゼットが舌を出した。

「そういえばそうだった」


 ……ミュゼット、やってくれる。

 戦略を立ててハイオークを一人で倒したんだから頭は良いのだろうけど、意外とおっちょこちょいというか、軽はずみな性格なのかもしれない。

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