(13)

 ティルファは暖色系の部屋の中央に置かれたベッドに横になっていた。

 が、その姿は悲惨の一言に尽きる。

 元は美しかったであろう長い茶の髪はボサボサ、顔はやつれ土気色をしており、目の焦点はまったく定まっていない。

 見るからに重病人、といった感じだ。


 しかし体の傷は昼間に僕が魔法で完全に治したはず。

 つまり、ティルファのこの症状はすべて心因性によるものなのだ。


「ティルファ、どうした! なぜ私を怖がる? 私のことがわからないのか?」


 ティルファの様子にショックを受けたアリスが、さらにベッドに近寄ろうとする。


 ところが――


「キャアアアーーーー」


 ティルファは再び悲鳴をあげ、ベッドの上で激しく暴れ出した。

 下手をすれば床に転がり落ちてしまいそうだ。


「仕方ないわね……」


 男爵が大きなため息をつき、部屋の中で控えていた、これまた美しい二人の侍女に言い付けた。


「リゼットにロゼット。あなたたち、その子ティルファの体を押さえて」


 命を受けた侍女、リゼットとロゼットが、「かしこまりました」と言ってベッドの両側に回り、手を伸ばしてティルファの体を押さえつけた。


 が、それでもティルファは「うーうー」唸りながら暴れ続けている。


「なぜだ……ティルファに何があったのだ」

 アリスは信じられない、といった表情を浮かべている。


「おそらくは」

 と、シスターマリアが悄然しょうぜんとして立ちつくすアリスに言った。

「アリス様のご格好が原因かと。お召しになっているその鎧がティルファ様に血生臭いいくさを思い起こさせたのでしょう」


「しかし、ティルファは私の古い友人だぞ! 鎧を着ているぐらいで……」


「ですからアリス様のことを認識できなくなるほど、ティルファ様のお心は深く傷つき病んでしまわれたのです。しかも時間が経つにつれ、その症状はより重くなっていくように見受けられます」


「わかって、アリス様?」

 男爵はほら見なさい、と言わんばかりだ。

「これもまた戦争によって起きた悲劇の別の側面よ。そして同じようなケースは本当に腐るほどあるわ。それでもまだ命が助かっただけよかったもしれない。生きてさえいれば、いずれは回復して元気にやり直せる可能性だってあるんだもの」


「………………」


 アリスの口からはそれ以上言葉が出なかった。

 黙って唇を噛んでいる。


 芯の強い強靭きょうじんな精神力の持ち主であるアリスだが、ひびの入った薄板ガラスのようなティルファのもろい心を少しは理解できたのだろうか。


「とにかくこういう時は、ゆっくり休むことが大事なのよ!」

 男爵が優しく言う。

「でもねぇ彼女ティルファ、神経が立ってまったく眠れないみたいだったから、わざわざこんな夜更けに馬を飛ばし薬を取り寄せたってわけ。――シスター、早くその薬をティルファに飲ませてあげて。今夜一晩ぐらいならぐっすり眠れると思うわ」


「お心遣い感謝いたします、男爵様」


 シスターマリアはそう言ってからベッドの側により、コップに注いだ水をサイドテーブルから取って、ティルファの口元に白い丸薬を運んだ。


「さあティルファ様、お薬ですよ。お水と一緒に飲んで下さいね」


 しかしティルファは(イヤイヤ)という風に首を大きく振り、その丸薬を飲もうともしない。  

 それどころか、いっそう激しく暴れ出した。


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