(9)

 お城の中はとにかく広く入り組んだ構造をしており、上下左右が廊下、階段、広間などで複雑に繋がり合っていた。

 さらに部屋ごとに「風の部屋」「海の部屋」「天の広間」などと名前が付けられ、それぞれその名にちなんだ個性的かつぜいを尽くした内装が施されていた。


 デュロワ城はあたかも男爵の作り上げた夢幻の迷宮。

 見て回っているだけで、人を夢見心地のふわふわ気分にさせてしまうのだ。


 そして――


 城内に入ってからいったいどれくらい時間がたったのか、またどの経路をどう来たのかまったく分からなくなってきたころ、唐突に男爵が一つの部屋の前で立ち止まった。


「さあ、ここですわ。ここは癒しの部屋――アタシが安らぎの間と呼んでいる空間です」


 男爵はそう言うと、薄茶の木製の扉をノックし、中に呼びかけた。


「シスターマリア、薬を持ってきたので入っていい?」


 え!? 

 シスターマリア?


 ってまさか――


「少々お待ちください」

 と、やさしげな声がしたあと、扉が静かに開いた。


「待たせたわね。はい、これが薬師から取り寄せた薬よ」


「男爵様、こんな遅くに申し訳ありませんでした。でも、ティルファ様がお暴れになってどうにも手が付けられないのです」


 そう言いながら部屋の中から出てきて薬を受け取ったのは、昼間コボルト兵に襲われる寸前に戦場から脱出した、紫の髪を持つシスターマリアだった。


 ――ここでも、再会か。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「まあ、アリス様ではございませんか! それにユウトさんも! なぜデュロワ城へ!?」

 シスターマリアは男爵の後ろに立っている僕とアリスに気づき、目を丸くした。


「いきさつを訊きたいのは私の方だ、シスターマリア!」

 と、アリスも驚いて言い返す。

「てっきりコノート城まで逃げおおせたとばかり思っていたのだが」    


「それが……あのトマスさんという体の大きな兵士さんが護衛してくださった間はよかったのですが――」


 話によると、シスターと負傷した女騎士ティルファを乗せた武装馬車はトマスと別れた後、コノート城とまであとわずかという地点までたどり着いたという。

 ところがそこで見たのは、城を取り囲むおびただしい数のコボルト兵たちの姿だったというのだ。


「よもやコノートまでに敵の手が回っているとは……。これはもう王国の一地方で起きた反乱とは言えない規模だな」


 事態の予想以上の深刻さに、アリスの顔の険しさが増す。

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