(29)

 そう思うと怒りも湧いてくるが、僕はここはグッと我慢し、沈黙を貫くことにした。

 戦う前にセフィーゼが気を緩ませてくれれば、それはそれで好都合だ。


「あんたみたいなのを助けに呼ぶなんて、王女様、追い詰められて頭がおかしくなってしまったのかしら? それともロードラントってよっぽど人材不足なの?」


「ふん……」

 アリスがニヤリと笑う。

「さっき言った通り、この“普通の兵士”は魔法が使えるぞ」


「魔法が使えればそれでいい、ってわけじゃないでしょ」

 セフィーゼは僕を見て尋ねた。


「――ねえあんた名前は?」


「……ユウト、ですけど」


「ユウトくん、悪いことは言わないからとっとどっかに逃げなよ。今回は見逃してあげるからさあ」


「お断りします。僕はアリス様を守るためにここにいるのですから」


「アハハ、白馬に乗った王子さま気取り? 無理しちゃって。まあ、その勇気だけは買ってあげる。でもね――」

 セィーゼの顔が急に真剣になった。目に殺気が宿る。

「戦いが始まったら、容赦はしないよ」


 ここまで明確な殺意を向けられたのは、たぶん生まれて始めてだ。  

 だが案外、恐怖も何も感じない。

 自分でもなぜかよく分からないけれど、もしかしたら、『アリスを守る』という大切な目的があるせいなのかもしれない。


「ねえ、ヘクター」

 セフィーゼがヘクターの方を向いて言った。

「やっぱ、助けはいらない。わたし一人で十分よ」


「いけません!」


「えーどうして?」


「この少年――私にも読めませんが、何か強い力を持っているような気がします」


「どこがよ。大した魔法を使えるようにも見えなないし。さっきの爺さんへの評価といい、今日のヘクターおかしいんじゃない?」


「とにかく油断は禁物です」


「ヘクターはそればっかり。でもまあ、いっか。一応警告はしたもんね。ヘクターと私、最強コンビの力を見せてあげる」 


 くそっ――今に見ていろ。

 僕は心の中でつぶやいた。 


 要するにセフィーゼは自分の魔力を過信しすぎなのだ。

 その自信の源を徹底的に打ちのめしてやれば、それだけで彼女はもろく崩れ去るに違いない。


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