第2幕

第2話(1/2)

Swindlerスウィンドラー》。すなわちペテン師。

 そんな自称にたがわぬ空々しさが、またひとつりんに舌を鳴らさせた。

 来客の席がパイプ椅子しかない2LDKの事務所――鉄筋コンクリート造とおぼしき建物の二階である――に花の女子高生を招いた仕事人は、なおも言い訳がましい事情をうそぶく。

「あの連中は採用試験に利用させてもらったってわけ。ちょうどターゲットのしんでもあったし、牽制チェックしとくなら今かなーなんて」

「わたしをだしに使っただけじゃないですか」

「まあそう言わずに」

 パイプ椅子に腰かけたスウィンドラーはバスク地方の菓子をちぎる。

「ほらこれ、チーズが濃くておいしいよ?」

わたしひとが買ったスイーツで機嫌取ろうとしないでください」

 輪花は友人さながらに接してくる仕事人を突き放すように言葉を継ぐ。

「それと、なんでもするって言った気もしますが、あんな仕事はお断りします。やってられません」

「家出、してるんでしょ?」

「え?」

 スウィンドラーの口角がやんわりと上がる。

「仕事を手伝ってくれるなら事務所に置いてあげるよ。ネカフェよりは快適だと思うけど」

 輪花の背筋が寒くなる。

 なぜ家出人だと、なぜインターネットカフェで寝泊まりしていると知っているのか。

 理由がなんであれ、けして笑顔でする話ではない。自ら信用を火にくべているのも同然であり、誰もが拒絶してしかるべき愚行だといえよう。

「――それでも」

 信用の置けないペテン師だとしても。

 温かな居場所にありつけるなら悪くない取引だと、花の女子高生はそっとうなずいた。




「そいつがサクジ。音楽ユニットの『ガチサク』って聞けばわかるんじゃない?」

 標的の近影を写した写真を尻目に、スウィンドラーはひとつ、またひとつと白い粉が入った小袋を開け、その中身を長机にこぼして雪景せっけいを描いていく。

 芸能人に暗く、顔写真を手渡されてもぴんとこなかった輪花ですら、その名前には覚えがあった。

「もしかしてサクジさん?」

「そう、サクジさん。悪事千里を走るって本当なんだねえ」

 いわゆるブツの不法所持。

 音楽業界の帝王を一夜にして失脚させたあの大事件は、数年経った今なお電子の民にしつこくたたかれている。

「もっとも、サクジがブツの帝王だってことは意外と知られてないけどね」

「ネットでは確か『作曲家に転向した』ってありましたけど」

「しがない作曲家さ。だからこそこういう白っぽーい金のなる木ブツを手放せない」

 仕事人はサンドアートの芸術家よろしく雪景に『わるい』と記す。

「そんなやつが裁かれないどころか社会に守られている。これに苦しむ人々のためにも、僕が代わりに懲らしめてやらないとね」

 仕事人はサンドアートの芸術家よろしく雪景に『OK?』と記す。

「じゃあその、さっきからいじってるそれって……」

「ブツだと思った? 残念、ヨーグルトに付いてるお砂糖でしたー!」

「笑えるかーーーー!!」

 スカートのめくれもお構いなしに輪花は長机を蹴り上げる。顆粒タイプの砂糖が表面にたっぷりまかれていたそれは、絶妙に笑えないデリケートなギャグを飛ばした白い頭めがけて、文字通りの突っ込みをお見舞いしたのだった。

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