スウィンドラーは懲悪せり
水白 建人
第1章 真白に花と懲悪を
第1幕
第1話(1/1)
帰る家もなければ頼る当てもない。
このような人間にとって、社会はあまりに組織的で世知辛いものだ。
それでもかごの鳥は飛び出した。落ち行く先が少し広いだけの世界であろうとも、自由のために、
人口およそ二百万人を誇る大都市「
「さてと」
輪花は戦利品をしたためようと上着のポケットに手を突っ込む。
今夜もまた、ひとり怪しまれぬまま
「やあお嬢ちゃん。ちょっといいかい?」
輪花は毛を逆立てて振り返る。
暗がりといえど、その男が
「なんですか」と輪花は顔を作る。その拍子にふと白色が目に留まった。ものや光でなく、男の頭だ。
たかが
ほかにあってしかるべき人間的
それらがどこにも認められなかったのである。
「……わたし今、急いでるんですけど」
「実は僕、このあたりを仕事場にしてる
そう言って男は首をかしげると、
「こんな顔したかわいい女の子なんだけど、見なかった?」
手のひらに隠していた
「
「えっどこ!?」
「食らえコロッケパン!」
「ばふぅ!?」
とっさの
万引きを見られたか、見間違えられたかは定かではない。いずれにせよ、今は脚を動かすべきだろう。
『逃げるが勝ち』という故事にならい、多くの
走りに走り、抜け小路から遠く離れた
「…………追って、こない?」
肩で息をしながら振り返る。車道をまたいで目を配ったが、白い頭は見当たらない。
――ざまを見ろ。
輪花は軽く鼻を鳴らすと、上着のすそを
「いけないなあ輪花ちゃん。女の子が待たせていいのは彼氏だけだよ?」
「っ~~~~……!」
待ち人来たりと言わんばかりの仁王立ちに、輪花はひたすら邪気を飛ばす。
そこにいたのは花の女子高生に
「あとこれ、
「輪花の手帳!? なんで持ってるの!?」
学生手帳を取り返そうと、すかさず輪花は手を伸ばす。
対する男は
「せっかく落とし物を届けに来たんだし、お礼のひとつくらいは欲しいんだけどなー、なー?」
「……わたしにできることならなんでもします」
「ん?」
「だからその、お願いします」
輪花は申しわけなさそうなふりをして頭を下げた。
「ハッハッハ。君は上目遣いの天才だね」
男は無邪気にあざ笑い、
「じゃ」
「え、あ、ちょっと!?」
期待どころか常識さえも裏切りながら、男は事もなげに輪花を素通りしていった。
男が返してくれたコロッケパンは昨晩のうちに
「なにが『放課後待ってるね』よ。人の弱みにつけ込んで……!」
そのほか包装には『
暗雲立ちこめる空の下、レジ袋片手に
絶対に黙らせるという決意を胸に、輪花は「よし」と自らを奮い立たせ、チャイムにそっと指を重ねる。
しばらくして、分厚い
「さっさと入れ」
――そう、白髪ではない。
あろうことか、輪花は誰とも知れない男の部屋を訪ねてしまったのである。
ぐいと引かれ、あれよあれよという間にマンションの一室へ通された輪花に質問が投げかけられる。
「そいつが例のブツだな」
これはブツなどと呼ばれる品ではなく、白髪の男に対する
「で、いくらなんだ」
「ひゃぃ……」
「おいおい、それで百はねえだろ」
「ひゃぃ……」
連れてこられた六畳一間で、棒立ちになった輪花の涙声が空気を湿らせる。
普段ならかさかさ小うるさいレジ袋ですら、恐れをなしたのかぴくりともしない。
最後の
直後、聞き慣れた
――ただひとり。
混沌の中で育った花の女子高生を除いて。
「…………逃げなくちゃ」
悲鳴、
火災報知器が正常に誤作動し、窓ガラスを割って入ってきた
室内はまさしく大混乱に
「……はあ、ひどい目に
「お見事さん。これならほかの仕事もいけそうだね」
またもあの白い頭に待ち伏せされていたと気づき、輪花は
すると男はそんな態度を意に介さないといった調子で腰を落とし、脚にもたれるダサいリュックから女子高生の私物をひとつ引っ張り出した。
「はい手帳。
「うぁっ!? なにしてんのよ!?」
輪花はひったくるように学生手帳を取り返し、ミスマッチもはなはだしい『
「僕の発煙筒に火災報知器が反応してから部屋を出るまでにわずか一分! 手際がよすぎて、さすがの僕も合格通知を出すことにやぶさかでないよ」
「いい加減にして! どういうつもりでこんなことを……!」
「仕事だよ、し・ご・と。『できることならなんでもする』って言ったじゃないか」
「……あなた、いったい何者なんですか」
「フフン、よくぞ聞いてくれた」
すると男は胸を張り、
自由の光を求めし少女を
「僕はスウィンドラー!
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