第一章 南方次元流通拠点都市ミナウス

シン・プロローグ 次回予告が見せた未来

「あの娘達は親衛隊にするんだって」


 俺ことソラは二人の妻——ティアナとウナと一緒に虎の背に乗って草原を駆けている。

 草原を駆ける虎は二頭。一頭はティアナと俺が乗る白い騎虎ライドラ、名はトーラ。もう一頭はウナが魔法で操り乗っている氷の虎だ。


「ねぇソラ、聞いてる?」


 色が金から白、紫へと美しく変遷グラデーションする髪をたなびかせ振り向く美少女ティアナ。

 淡い紫水晶アメジスト色の綺麗な瞳が半眼となって俺の方を見ている。


「あ〜ごめん、俺達結婚したんだな〜って考えてて聞いてなかった」


 俺が異世界に来て既に半年が経過している。

 その半年間二人の両親達から課せられる鍛錬や修行をこなし続け、旅立ちの三日前に結婚の許しを得て籍を入れた。


「そうね、籍は入れたけど結婚式は旅を終えてからだから実感が湧かないわよね」


 返事をしたのは自身が操る氷の虎で俺達に並走する青髪蒼眼の美少女、ウナ。

 結婚や婚約の事を口にするだけで照れていた頃が少し懐かしい。


「ウナちゃん、結婚式もだけどロマンチックなプロポーズもだよ」

「それもそうね。期待してるわよ? ソラ」


「気が早いって。急かしたらロマンチックじゃなくなるから……たぶん。それよりティアナ、今日で間違いないのか?」


 俺達が草原を走っている目的、それは俺が異世界召喚に巻き込まれた時に得ていたスキル【次回予告】に半年の月日を経てようやく追加された『次回予告』を確かめる為だ。

 旅立ちの前日、俺に関わるであろう『次回予告』が追加された。「関わるであろう」なのは映像に俺達の誰も映っていなかったからだ。


「場所はもう少し先よね」


 【次回予告】はステータスに『次回予告』の映像を投影するスキル。ステータス自体は何も無い空間に文字を表示させる技能なのでスキルを使うと何も無い空間に『次回予告』の映像が表示される。おまけに俺が許可を与えた相手であれば視聴及び再生操作が可能。その為、二人ともくだんの『次回予告』は視聴済みである。


 その『次回予告』の内容は、一台の馬車が狼型の魔物に群れで襲われる。言葉にすればそれだけで終わるシンプルな内容だった。

 

「もし本当に襲われてたらティアナの『かん』は当たる前提でいこうと思う」


 馬車が襲われる場所は旅の道中で似た地形が幾つかあったので予想はできたが、時間は精々昼頃としか分からなかった。では何故俺達は草原を駆けているのか。ティアナが「たぶん今日な気がする」と言ったから。


「そうね。これから迷ったらティアの『かん』を頼るのもありね。現に馬車襲われてるもの。私は当初の予定通り、ここから『次回予告』の映像と見比べるわね。ソラ、『次回予告』を」


 俺はステータスを表示し【次回予告】スキルを選択して目的の『次回予告』の映像を氷の虎を停止させるウナヘ送る。


「私も見たい! あ……ソラ、頑張って!」


 俺の身体は「頑張って」と聞こえた時には既に空中へと投げ出されていた。


「マジかよぉぉぉ——……シートベルトが無いから急停止する時踏ん張らないと飛んでくよねキィーック!!」


 修行で身につけた技術の一つを持って空中で姿勢を整え、襲われている馬車から遠い位置にいる魔物の土手っ腹に蹴り込み運動エネルギーを押しつける。


「技名の授業、受けとくべきだったな」


 どうでもいい事を考えつつ見るも無惨な姿となった魔物に生える植物を魔法で炙り、馬車を襲う魔物の群れに炙った植物を魔物の死体ごと放り投げた。反応して死体に寄って来たのは数体だったので改めて魔物を確認していく。


「クミンにカルダモン、コリアンダーにターメリック……八角のもいるのか。これ混成の斥候じゃねぇか」


 馬車を襲っている魔物は香草狼牛ハーヴルフと呼ばれる身体に香辛料となる植物が生える狼型の牛だ。

 香草狼牛に生える植物は一種類で、同じ種の植物が生える香草狼牛同士でしか群れない特徴を持つ。では何故、混種で群れて馬車を襲っているのか?


 答えは香草狼牛の持つもう一つの特徴に由来する。香草狼牛はその身に生える植物と同じ植物しか食べない偏食性があり、その執着心は強い。それは同族、果ては自身に被害が出ていても食事を優先する傾向があるほどだ。

 故にこれは群れではなく、各種群れの斥候が集まって群れに見えているな過ぎない。いずれ本隊が来る。


「く、来るのが遅い! 助けを頼んだわけでもないから金は払わんぞ! むしろ積荷に被害が出たから迷惑料代わりに魔物素材はわしが貰っていくからな!」


 馬車の積荷に群がる香草狼牛を一匹一匹確実に仕留めていると馬車の主であろう性格の悪さが顔に滲み出た狸親父が喚き散らしながら香草狼牛の死体から香辛料となる植物をむしり始めた。


「あの……父がとんだ御無礼を、その……助けていただきありがとうございます」


 呆気に取られていると声変わりのしていない少年の声がした。

 豪奢な服装の狸親父とは対照的に非常に質素な服装の狸獣人の少年。本当に親子なのか疑わしいほど似てない。


「……親子? 本当ほんとに?」

「あはは、よく言われます。残念ながら実の父なんですよ。何度、赤の他人だったらと夢見た事か……あ゛」

「……後半はよく聞こえなかったなー」

「ありがとうございます」

「で、何でアレと旅を?」

「えっと、僕……商人になりたくて」


 一瞬、何を言ったか理解できなかった。

 目を向ければ商人(仮)の狸親父は香草狼牛に生える植物をむしって袋に詰めている。


「下調べとかしたか?」

「へ?」

「この辺では香辛料は安い」

「え、ええ。だから大量に仕入れたと父が」

「香辛料となる葉や実の方を?」

「はい。え、それ以外にもあるんですか?」

「この魔物、香草狼牛ハーヴルフは香辛料となる植物しか食べねぇんだ。その食べた香辛料の成分は角に溜まる」

「あ、なるほど。この魔物の角も香辛料になるんですね?」

「削って粉にすると、だけどな。ただ、角と植物の香辛料とでは同じ重さにすると植物の方が品質が良く値段も高い」

「特に何も問題無いですよね?」


 狸親父がむしり終わった香草狼牛の死体から角を手刀で切り離し、狸少年に投げて渡す。


「んぇ? 今、素手で——っと」

「持ってみてどうだ?」

「角ですから流石に葉や実よりは重い——あ、ああ! そういう事ですか! 馬車の容積からすると角の方が! 二頭引きだから重量的にも問題無い!」

「それと角のままであれば香りが強くないから香草狼牛も寄ってこない」

「そうなんですか!?」

「ちなみに護衛のできる冒険者なら香草狼牛の群れを追い払うくらいは簡単らしい」

「それ知ってたらこんな目には……あ!」

「情報って大事だろ?」

「ええ、身に染みました。正直、父といるのは苦にしかならなくて……師事する価値が低いとなった以上は隙をみて逃げて独り立ちします」


 狸少年は狸尻尾を膨らませ、拳を握りしめて眼に光を宿している。


「いや、どっかの商会で働きながら勉強した方が良いと思うけど……」

「そ、それもそうですね。でも、決めました。明日から——いえ、今日から本気で商人目指して頑張ります!」

「そうか、頑張——」


 狸少年との会話は狸親父の汚い声によって遮られる。どうやら香草狼牛の死体から香辛料となる葉や実をむしり終わったらしい。


「おい、ポン! 何をしている! さっさと乗らんか! おい小僧! 金を払い、護衛もするのであれば乗せてやらん事もないぞ?」


「——れ……お断りだ」


「ふん、馬鹿なヤツめ」

「じゃあ、その馬鹿からの忠告だ。その積荷は捨てて燃やす事をお勧めするぜ?」


 狸親父は俺の忠告を鼻で嗤い、二頭引きの馬車を発車させて去っていく。香草狼牛の大群を引き寄せている事も知らずに。


 俺は香草狼牛の角だけ剥ぎ取り、ティアナ達が待つ丘の上へ。


「ソラ、おかえり〜」

「ティ〜ア〜ナ〜急停止する時は合図しろよ」


 ティアナの頭にある黒地に白丸斑点の虎耳の付け根辺りをくすぐる様に撫でる。


「きゃ〜くすぐったいって、ソラ〜」

「あ、ティアだけズルいわ! 私も!」


 差し出されるウナの頭にある左の虎耳と右の猫耳の間に手を当てて同じ様に。


「はい、終わり。で、『次回予告』と見比べてどうだった?」

「大きな違いは無かったわよ」

「微妙に数が違ったかな〜」


 自分も撫でろと頭を押し付けてくるトーラを撫でながら『次回予告』の映像を途中で止め、映像内で馬車を襲う魔物の群れの数と剥ぎ取って来た角の数を比べる。


 案の定、角の方が少なかった。


「とりあえず、ミナウスへ帰りながら考えるか」

「そうだね」「そうね」


 トーラの背にティアナと騎乗し、街道を無視して直線でミナウスのある方角へ進む。


「ねぇソラ、あの木……」


 ミナウスへの帰路の途中、ある木がティアナの目に止まる。先程は魔物の群れの数を注視していて気づかなかったが、馬車が襲われる場所の目印となる木がそこにあった。

 此処に来るまでに狸親父の馬車はとっくに追い越している。


「さっきの群れは数が少なかったし、目印の木も生えてなかったわよね……そういえば」

「そうなると馬車は此処で、この後また襲われるって事か。で、『次回予告』の馬車襲撃事件はまだ起きてない?」


「どうする? ソラ」


 事故らないよう『次回予告』を俺だけに見える状態で映像を確認する。

 香草狼牛の群れから逃げるの馬車。

 目印の木を通り過ぎた辺りで馬車前方に回り込んでいた香草狼牛に気付いた馬が嘶き、馬車は横滑りして止まる。

 周囲を香草狼牛に囲まれ青い顔の狸親父が映り、次第に映像がフェードアウトして終わり。

 狸少年の姿は確認できなかった。


「馬が一頭いないし、狸少年の姿がぇな」

「子供が乗って逃げたんじゃない?」

「私もティアと同意見だわ」


「そうなると襲われるのは狸親父だけか……別に助けなくてもいいか」

「そうね」「そうだね」


 俺達は立ち止まる事も無く、ミナウスにある宿へと帰るのであった。






 『次回予告』映像という形で未来を見る事ができる【次回予告】スキル。

 その『次回予告』に映された未来は必ず実現するのか、それとも『次回予告』を見た俺達の行動込みの『次回予告』であったのか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る