第72話 教育的アイアンクロー

「さぁ、お義母様! どうか私めに若返りの秘技をお授け下さい。この通りですぅ……」


 話の流れや雰囲気をぶった斬るかの如く勢いよく部屋の扉を開けて入ってきたネコシアさんは流れる様に綺麗な土下座を繰り出した。

 部屋に入る歩みから膝立ち、正座から土下座へ。

 あまりにも滑らかに遷移する動きに何が起きたか理解がついていかない。


 あ、虎耳。この人も虎獣人なのか。

 数拍遅れて俺の頭脳が処理した情報は土下座頭にある獣耳の種類だった

 状況の理解を脳が拒んでいる。


「なんだい、気色の悪い呼び方をして。このソラ坊は気付いているが、私は若返ってなんかないよ」


 ルーオ婆は皺が消え、肌の張りが蘇ってはいるが若返ってはいない。外見が変化しただけ。

 

「本当に?」


 何故、俺に聞く。


「えっと、はい。肉体的には若返ってる感じは無いので外見だけの変化かと。それと継承したスキルを鍛えたら教えるって言われてませんでした?」


「そうさね。【糸覚《複》】になったばかりのお前さんにはまだ早いよ」


 上げた頭を再び床に擦り付け……いや、叩き付けネコシアさんは再度懇願する。


「はぁ……仕方ないねぇ。【糸覚】で筋繊維を糸として認識するさね。チヨちゃんから聞いたが筋肉は筋繊維ってヤツの集まり。だから——」


 その後、小難しい講義が長々と続いた。

 話をまとめるとスキルで筋繊維を上手いこと操り皮膚の皺や弛みを引っ張り、皺や弛みを分からなくした上で命力を使い肌を活性化させていたらしい。

 更に簡潔に言うとスキルの応用と命力の身体強化の合わせ技。それ故に気を抜くと直ぐに老婆の姿へ戻ってしまうのだとか。

 ちなみにチヨちゃんとはマチヨさんの事だった。

 

「そんなわけだからネコシア、あんたも私とジムの『肉体改造☆筋トレ教室』に通ってもらうからね」

「お義母さん?! それ、郷守や猟師とかの戦闘係の人が通うヤツで特別キツいやつ……」

「それくらい鍛えないと効果が出にくいからねぇ。

 話を聞いた以上、お前さんもやってもらうよ?」

「あ、待って引っ張らないでお義母さん。あの子、継承の事話してた子はいいんですか!?」

「ソラ坊はいいんだよ。継承はしとらんし、それにソラ坊がジムでやっとったのは——」


 置いて行かれてしまった。

 ネコシアさんの騒ぎ声が段々と遠ざかっていく。

 どうやらマシヴさんのジムへ直行するっぽい。

 ……あの婆さん、戦闘職と同じレベルの筋トレをしてたのか。片手で俺を引きずってこれたのも納得だな。


「おお、ソラ殿。妻が母に連れられてジムの方へと出て行きましたが?」

「あはは、話は終わったみたいです」


 そう喋りながらトランタさんは部屋の中へ入り、機織り機をいじり始める。


「こちらも話は終わりましたよ。契約とかの細かい話は情報精霊ゲンさんかマゴノ先生辺りに聞いて下さい」

「け、契約?」

「ええ、デザイン料とかアイデア料とかです。私はこれから新製品の試作に入るのですみませんが」

「そう……ですか」


 退室する前に挨拶を、と思ったが黙々と集中して作業するトランタさんを見て会釈にとどめる。


 店の外へ出ると何故かティアナ達が店先に出てたマネキン代わりの案山子を店内へ運び込んでいる。

 ゲンさんの姿は無い。既に帰ったらしい。


「何やってんの?」


「あ、ソラ! 今日は少し早いけど店仕舞いにするんだって」

「店番するはずの女将さん達が出てっちゃたから」

「創作意欲を抑えられないからって頼まれたっす」


 店仕舞いの作業を手伝い空を見上げれば、時刻は夕方の少し手前。まだ太陽は赤くない。

 マゴノに契約の話を聞きながら来た道を帰る。

 パジャマの売り上げの極一部が情報精霊ゲンさん経由で俺に入るらしい。トランダム服飾店だけでなく他所の都市や郷等でパジャマが売られる場合でもだ。

 

「宿、そこなんでこの辺りで失礼するっす」


「またねー」「ではまた」「おつかれ」


 あの二階にも玄関らしき入り口のある建物、宿屋だったのか。







「——————————!」

「————」


 

 マゴノと別れ三人で歩いていると言い争う様な声が耳に届く。

 声に聞き覚えは無い……と思う。少なくともよく知る人物ではない。

 野次馬する気は無かったが通り道から見える場所だったのが良くなかった。


 幼さが残る少女と少年の姉弟が体格の良い男達に一方的に虐げられる様子が過去の記憶と重なる。


「な、誰だ……っ! ——て、てめぇは!?」


 幼い姉弟が小さい頃の妹と弟に見え、殴り掛かる少年の腕を掴んで止めていた。あの頃はズタボロにされ情けない姿を妹弟に見せたが、今度は大丈夫。

 不思議と負ける気がしない。


「獣人でありながら武器に頼ろうとするガキに教育してやってんだ! 他所者が邪魔すんじゃねぇ!」

「そうだ!」「邪魔すんな!」「他所者が!」


 弟を庇う様に被さる少女を一方的に攻撃しようとしていた少年とその取り巻き達を観察する。

 獣耳に尻尾、顔には猫髭がある体格の良い獣人。

 顔や手は人間との差異は少ないが露出している腕や胴は獣毛に覆われ、今まで見てきた獣人の中では一番獣度合いが高い。


「くそ! いつまで掴んでやがる。いい加減離せ!

 この! ぬっ! くぬぬ」


 獣度合いが高いほど身体能力が高いと聞いていたが掴む俺の手を振り解くに至らない。

 顔をよく見ると俺やティアナ達と同年代か少し下に見える。猫好き故だろうか、猫っぽい彼が必死に足掻く様が微笑ましいモノに見えてきた。

 

「離せ! 離せ、離せょぅ……」


 段々声が弱々しくなってきてないか?

 そういえば獣度合いが高いと高い初期身体能力が故に鍛錬を怠りやすくなるとも聞いたな。

 取り巻きも彼を応援するだけで加勢する様子すらない。不良かと思っていたが実はそうでもないのかと考えていると、背後で動く気配を察知。

 掴んでいた少年の手を離し、半泣きの少年を取り巻き達の方へ突き飛ばし振り返る。


「うわぁぁぁ——」「だ、だめ……」


 姉と思しき少女に庇われていた幼い少年が武器を掲げて俺の方へ駆け出して来ていた。

 鋼色の鋭利なガラス片らしき物体を短い木で挟み固定した打製石器を彷彿とさせる原始的な短剣。

 原始的とはいえ刃物には違い無い。子供の喧嘩で持ち出していい様な物じゃない。


 お仕置きが必要だな。


 武器を持つ手を掴んで捻り、武器を落とす。

 落とした武器は誰もいない方へ蹴飛ばし、少年の頭を掴み締め上げる。力加減を間違えないよう徐々に力を込めていく。

 痛みに幼い少年は悲鳴をあげる。


「やめ、やめて! 弟は、弟は悪くな——」


「刃物を振り回す時点で悪くない理由がねぇだろうが! お前も姉ならしっかり見とけ!」


 縋り付いてくる少女の頭も空いた方の手で掴む。

 姉弟共々持ち上げないだけでも温情だと思えよ?

 後ろで見ているいじめっ子連中への威嚇に全ての指から静電気魔法を発動。


 変わらぬ悲鳴に空気中で起こる放電現象特有の音が混じる。


「お、おい……何もそこまで」


 身体を反らし首を傾け後ろを睨むと、天地逆さの視界に怯えた様子のいじめっ子連中が映る。

 

「『喧嘩両成敗』って言葉、知ってる?」


「は、はぁ?!」


 取り巻きに支えられる少年が狼狽える。


「事情を知らなねぇ俺にはどっちが悪いのか判断がつかねぇんだわ」

「だから何なんだよ!?」


 目力込めて、声を低く冷淡に呟く。


「……次はテメェらの番だからな?」


「「「「ぅ、うわぁぁ——」」」」


 幼い姉弟をいじめてた四人組は尻尾巻いて逃げていく。尻尾持ちもいたので文字通りの尻尾を巻いて逃げる様を見る事ができた。


 悲鳴をあげていた姉弟の声が小さくなり、体の力も抜けてきたので手を離す。

 へたり込む二人の額にはくっきりと指の跡が残り愉快な事になっていた。


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