第71話 スキル継承

 引きずられ連れ込まれた部屋には見慣れぬ木製の機械が無数に立ち並ぶ作業部屋らしき所だった。

 どことなく昔家にあった足踏み式のミシンに似てい……違う、あれは機織り機だ。実家にあった昔のミシンは机上部分はもっと小ぢんまりとしてたな。


「ほら、コレに糸を通しな」


 そう言って投げ渡されたのは薄っすらと翠の光沢がある黒い板切れ。端を持てば自重でたわみ始める程に厚さが無く、同じ幅の長細い穴と丸い穴が交互に空けられている。

 周囲を見渡しても機織り機に設置された糸はあれど、筒に巻いてある様な糸は見当たらない。


「通すのは魔力の糸さね。ジムの正面にある運動場で使ってるのを遠目で確認してるから誤魔化しても無駄だよ」


 別に誤魔化す気は無い、気付かなかっただけだ。

 聞けば全身を覆う傀儡魔法の魔法陣を解除する所を見ていたらしい。

 指先から魔力を糸状に放出し、一本一本穴へ順番に通していく。魔力糸と穴の直径がほぼ同じな為、通すのに妙に神経を使う作業だった。連続して針に糸を通している気分だ。


「糸が太い。強度はそのままでもっと細くできないのかい? それに糸が撓み過ぎだよ、もっとピンッと糸を張りな」


 強度を保ったまま魔力糸を細くして張れとか注文が多い……が、やれないこともない。魔法陣を解除する時はもっと細くしていたからな。

 魔力の糸を絞る様に圧縮して髪の毛並みの細さに変える。糸を張らせるなら両端から引っ張るだけで良いはず。糸を通してる黒い板切れを親指と小指で挟み残りの指に魔力糸を繋げて引いた。


「言い忘れてたがその綜絖そうこう——糸を上下に分ける為の板だがね……特段に軽い木板に魔力の干渉を受け易くする特殊塗料を塗った特注品でそれなりの値段がしたねぇ。軽いから落としても割れたりしないが簡単に折れるから曲げるんじゃないよ?」


 ……早く言え。

 魔力糸を絞るのと張るので指先にも力が入り、板は折れる一歩手前まで曲がりかけていた。


 折れなかった事への安堵から板を保持していた指の支えが緩み板は重力に囚われ——


「しまっ……うぇ?」


 ——落ちていかなかった。

 胸の前で向かい合わせで構えた両手の間で板は宙に浮いている。まるで手の間に張った糸に吊られているかの様に。いや、現に魔力の糸に引っかかって吊るされている状態だ。


 丸い穴に通した魔力糸は板に下へと引っ張られ、長細い穴の方に通した魔力糸は引っ張られずにそのままと魔力糸は上下に分けられた。

 この後は何となく想像がつく。上下の縦糸の間に横糸を通すのだろう。


「そうさね。次は縦糸の上下を入れ替え横糸を返しを繰り返すんだよ。そうだ、そのまま何回も何回もやりな。……織った部分が見えなくなってきたね。魔力が霧散したんじゃなきゃ魔力の糸が魔力の布になったと見て間違いないか。どうなんだい?」

 

 当然魔力は霧散などしていない。

 織られた魔力糸は布状になっている。今まで魔力を扱ってきた感覚で分かる、魔力を直接布状に形成した場合よりも状態が安定して強度も上だ。それに意味があるのか分からないが。


「ふむ、やっぱり触れやしないか。で、魔力の布はできたのかい? どうなんだい……名前をまだ聞いとらんかったの」


 いつの間にか近づいて布化した魔力の辺りを指で摘もうとしている。


「さっきの部屋で自己紹介してたんですけど聞いてなかったんでかねぇ? それと人に名を尋ねる時はまず自分から名乗ったらどうですか? それと俺は何で言われるがまま魔力糸を織ってんの!?」


「はん! 一丁前な口をきくじゃないか。

 私はニャブル、ニャブルーオ・トランダムさね。

 ルーオばぁとでも呼びな」


「ソラです」


「ソラデス? 変わった名だね」


「あの、名前は『ソラ』と言います」


「冗談だよ。ソラ坊、布の次は紐だよ。魔力の糸を三本出しな。手本を見せてやるから同じ様に編むんだよ、いいね?」


 妙な迫力と目力にされて言われた通りに三本の魔力糸をルーオ婆の方へ放出する。


「話は編みながらでもできる。さぁ、やってみな」


 ルーオ婆は魔力糸を掴み編んでいく。

 その編み方に懐かしさを覚えた。だいぶ昔、妹が俺に懐いていた頃にやった事がある。


「魔力の糸だけ操って編むとは器用なもんさね」

「三つ編みなら妹が小さかった頃にしてあげた事があるんで身体が覚えているみたいです」


「それ……身体動かしてる内に入るのかい? まぁいいさね。ソラ坊に魔力糸を織ったり編んだりさせてた理由わけだったかい?」

「ええ」


「才能だよ。ソラ坊には私のスキル【糸覚しかく《極》】を継承できるだけの才能がありそうだったからね。

 息子と嫁と孫で継承枠は埋まるはずだったんだが孫は【糸覚《植》】をいつの間にか持っててねぇ。

 継承枠が一個余ってるんだよ」


 まさかのスキル獲得イベントだった!?


「継承してもらえるんですか!?」


「ああ。三つしかないスキル枠の一つを生産向きの【糸覚】で埋めてもいいなら……だがね」

「え? スキルって三つまでなのか」


 【次回予告】で一つ、ステータスを表示できると冒険者になる時にスキルが一つ貰えるって話だから実質最後の一枠に【糸覚】ってスキルを獲得する事になる。


「存分に悩むといいさね。ただし魔力の糸を編むのを止めるんじゃないよ。編んだ魔力の紐がある程度の長さになったら同じもの三つにしな。魔力の糸が三つ編み上がったら編み上がったので編む、を繰り返し続けてもらうからね」


 今も編み続けているのとルーオ婆が編んでいたのがあるからもう一つ編めばいいか。

 ……って待て待て三の累乗で必要な魔力糸の本数増える事になる!? いや、気にしたら負けか。

 悩むにしても情報が足りない。感覚的に魔力糸を編みながらスキル【糸覚】について尋ねる。


「針の穴に糸を通すのに苦労しなくなるね。あとは糸への認識が強化される。コレのおかげで魔力感知に疎い私でも魔力糸が見れたってわけさね」


 魔力が布状になった瞬間に分からなくなったのはそれか理由だったのか。だとすると今編んでる糸も紐になると見えなくなるのか?


「糸は編むと紐に、更に編んでいけば縄へ、綱へと変わっていく。今の紐ぐらいの太さならギリで認識できるくらいだね。あぁ、それと【糸覚】スキルがあれば糸の扱いも上手くなるのを言い忘れてたよ」


 聞けば聞くほど裁縫向きのスキルにしか聞こえてこない。裁縫なんて家庭科の実習で巾着袋を作ったくらいしか経験がない。ちなみに小学生の時だ。


「もし、ソラ坊が継承すると【糸覚《魔》】スキルになるだろうね」


「何が違うんだ?」


「得意とする糸の分野さね。熟練度の低い内は単一素材にしかスキル効果が及びにくいのさ。ソラ坊の場合は魔力糸専門になるねぇ。スキルを鍛えていけば《魔》から《複》、そして《極》へと名称が変化して扱える素材が増えていくよ」


 使い道が無いな、うん。


「ちなみに魔力糸って服や装備の素材になる?」


「魔力感知や操作に長けた人にしか見えず触れない服になるだろうね」


 見えなくなる服なら欲しいが見えない服に需要はない。熟練度稼ぎに糸を織ったり編んだりするんだろうが、成果を承認されない努力を続けるのは困難この上ない。俺には無理だ。


「継承しても死にスキルになりそうだ」


「なら、やめとくかい?」


 そう言われると惜しくなる。

 だが貰っても仕方がない。

 所持できるスキル数に制限が無いのなら迷い無く貰うのだが……。


「保留で」

「いつまでだい?」


「旅から帰ってスキル枠に空きがあれば」


「他に継承者が現れたり、私にお迎えが来るのが先になる気がするよ」

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