第64話 仕事はやるから旅費は自分で稼げ?

 線が引かれた地面。

 水田用の長方形の枠と水路か畦道用の細い枠線がいくつも並ぶ。

 遠目に見える柵までが範囲だとするなら野球場が何個も入るくらいに広い。

 ……これを一人で?


「お父さん、なんでソラ一人でなの?」


「ティアナよ。お前達、旅費はどうする気だ?」


「「えっと……お小遣いで?」」

「足りるの?」「「さぁ?」」


 俺の問いに首を傾げる二人。

 これ、たぶん足りない気がする。


「無論、娘の旅だ。親である俺達がいくらか出す。

 だが、ソラの分まで無償で出すわけにはいかん。

 郷の者が納得しない」


「なんで!?」

「ティア、落ち着いて」


「ソラは郷の者からしたら未だ他所者だ。他所者に族長が旅費を渡すのにいい顔はしないだろう」


「でも、ソラは私達の婚約者だよ」

「ティ、ティア!? その……口に出されるとまだ恥ずかしいから、その……えっと……」


 ウナって初心なんだろうか。顔、真っ赤だ。


「婚約者だから、だ。ソラを郷の一員と認めさせる為に水田を一人で作らせる。この田園予定区は人員不足で手付かずなのだ。それをソラ一人で解決すれば、郷の者も受け入れやすくなるだろう」


 郷の一員となる試験でもある……か。


「それにしても……広いな〜」


「うむ。本来の予定では鍛錬日程の半年が終わった後、旅費援助の条件として水田を一面作らせる予定だったのだ。それをマシヴの奴が半年分を一ヶ月に濃縮し、煌式戦闘術の極意を一ヶ月で習得させた。

 更に一ヶ月の模擬戦と疑似戦闘鍛錬だ。これ以上は実戦になる。実戦で大怪我をして動けなくなる前に働かせておかねばならんからな」


 実戦……しかも、大怪我する可能性のある。

 いや、実戦なら死ぬ可能性だってあるはずだ。

 そう大袈裟に捉えることもないか。


「まぁ最低でも一面を一ヶ月だな。ティアナとウナは郷の者が見に来た時の対応を頼む」


「分かった」「はい」


「うむ。励めよ、ソラ」


 そう言うとタイガさんは去っていった。

 って、あれ……道具無し?





 とりあえず立っていた水田予定地の土をつま先で叩く。雑草と硬い土の感触が返ってくる。


「とりあえずやってみるから少し離れてて」


「はーい」「分かったわ」


 二人が水田予定地の枠線外へと出たのを確認し、三歩進んでから代掻魔法シロカキを発動する。


 自分の中から魔力がごっそり抜けていく。

 水中に点火魔法を使った時と同じ感覚。


 慌てて魔法を中断して振り返ると、三歩後方の土が僅かに湿った色に変化しただけだった。

 少しも耕せていない。

 

 代掻魔法は耕運魔法タオコシ水道魔法サーブ・ウォータの複合魔法。

 魔力消費の大きさから察するに、魔法の発動環境が適正ではないのだろう。

 

 しゃがんで土に触れ、代掻魔法が上手く発動した環境——運動場の黒土との差異を考える。

 まずは硬さ。

 叩くと音がして、指が刺さったりしない。

 土の粒子も揃っておらず、小石や砂利もある。

 後は水分量が少なく土が乾いて……乾い——水?

 

「最初から間違ってた……」


 代掻きは最後の仕上げみたいなものだ。

 最初にやる工程じゃない。

 まずは田んぼを、土を起こさないと。


「耕運魔法で……ダメか、なら土耕魔法タガヤシで!」


 耕運魔法も使った瞬間、一気に魔力を消費した。

 即座に土耕魔力に切り替えて三歩先を見えない鍬で耕——耕……耕す。

 効果範囲の狭い土耕魔法でも魔力消費が大きい。

 

 おかしい、これらの魔法は地球での農作業経験を元にイメージした魔法だ。稲を刈り取った後の稲株程度なら……雑草の根が深すぎて駄目なのか。


 草刈り用の魔法を編み出すか? いや、駄目だ。

 地中の根っこをどうにかしないと。

 とりあえず雑草を掴んで引っこ抜いていく。


 鍛えられた筋肉と命力による身体強化のおかげで難なく草は抜けるが、途中で千切れない様に力加減をするのに神経を使う。

 これを周囲一帯の雑草に?

 早くも心が折れそうだ。


「ソラ、草なら煌爪でスパッとやった方が早いよ」

「ティア、たぶん根っこが問題っぽいから煌爪じゃ駄目よ?」


 草は煌爪で切れるらしい。

 そういえば命力で形成する煌爪は命あるモノ、命があったモノ以外には効き目が弱いんだったか?

 だから、逆に命のある植物は切れる。


 両手に煌爪を形成して思う。


「別に手でやる必要は無いよな?」


「え? 何、どうしたのソラ?」

「自分の脚を眺めてどうしたのよ」

 

 脚先に命力の鉤爪——煌爪を生やし地面を掻く。

 掻いた跡にある雑草がズタズタに刻まれていた。

 それに、この感覚……運動場で脚先に煌爪を形成して走った時より地面を噛んで走り易そうだ。 

 光明が見えて少しテンション上がってくる。


「二人のおかげでいけそうだ! 愛してるぜ!」


「「…………」」


 顔を赤く染める二人。

 俺も自分の発言内容に気付き、頬が熱い。

 小っ恥ずかしいので、全力で駆け出す事にした。

 脚先の煌爪で雑草を根まで刻みながら。



 端から端までを全速力で往復しながら、少しづつ柵のある方へ走る位置を変える。


 そうだ、別に鉤爪型である必要は無い!

 足裏に細い煌刃を形成する。

 まるでスパイクだ。履いたことないけど。



 あぁ、方向転換の減速が煩わしい!

 魔力を操作して『空間掌握』を発動。

 空間を掴んで起点にし、腕力で強引に逆方向へと急旋回して走る。

 慣れれば残り少ない魔力でもできるもんだな。

 あと、腕の筋トレにもなりそうだ。やったね。



 広大な土地を全力で駆け抜けることのなんと心地良いことか。適時水分を水道魔法で補給しながら、延々と走っている。

 時折、何か飛んでくるが反射的に拳で迎撃できるので問題無い。


「ふは、ふはは……はーはっはっは」


 思わず笑いが溢れる。

 全力疾走の心地良さに加えて、煌刃にて刻む雑草の感触がたまらない。まるで霜柱の絨毯の上を走り続けているようで楽しいのだ。



 さて、そろそろ魔力も回復してきた事だ。

 腕だけに負担が掛かる方向転換を変えよう。

 今日でかなりの回数をこなし扱いにも慣れたし、安全の為に魔力に余裕が出るまで待った。

 今ならやれる! ……気がする。

 


 方向転換地点の一歩手前で斜めに踏み切る。

 次の一歩は何もない空中へ。

 『空間掌握』で空間を掴——いや、踏む。

 更にもう一歩、空間を蹴った。

 手で空間を掴んで旋回するより弧を描いたが方向転換はできている。

 たぶん外野からは見えない壁でも蹴って方向転換をした様に見えただろう。

 


 気が付けば日も暮れる時間帯。

 残り数往復で柵手前の枠線まで走り終わる。

 木材を格子状に組んだ柵は身長の三倍はあろうかと思うくらい高い。柵の隙間から郷外には大草原が広がり、遠くに薄っすらと森があるのが分かる。


 騎虎に跨り草原を駆ける猫系獣人の姿が見えた。

 競走でもしているのか順位の入れ替わりが激しく何組いるのか分からない。ただ、最後尾の組以外は全員襷を掛けている。


 この光景、何かで見たような……ってPVだ。

 スキル【次回予告】で観たPVに最後尾の人がいたと思う。確か、騎虎手トライダー免許試験の試験官。

 流石に襷の文字までは見えないが、騎虎手の騎乗免許試験をしているのだろう。

 何人か此方を見ているので手を振ってみた。

 驚いて走りを乱している奴もいるが大丈夫かな。



 最後の方向転換。片脚で踏み切った後、両脚で宙に横向きで着地……着宙? して空間を蹴り跳躍。

 『空間掌握』で瞬間的に固めた空気を足場に空中で方向転換だ。水泳のターンをイメージしてみた。

 ……やろうと思ったら空中ジャンプできそうだ。

 片脚での小を二回か両脚で中を一回ならだけど。



 田園予定区を走り終えると太陽が地平に隠れようとする頃合いだった。微妙だが明るさが残っている内にティアナ達の所へ、と思い歩き出すのだが脚に力が入らない。いや、身体に力が入らない。



 走るのに夢中過ぎて昼飯食うの忘れてた……。

 目の前が真っ暗になった。

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