第65話 旅費の内訳って?
まさか一食抜いただけで倒れる事になるとは思いもしなかった。まぁ、食堂に運ばれて夕食の匂いを嗅いだら復活したけど。
あれから三日、俺は田園予定区全ての水田予定地を耕し終えようとしている。
足裏に煌刃を生やして駆けずり回ったおかげで翌日から改良した
改良した耕運魔法はマチヨさんの「強いイメージを持て」とのアドバイスから、実家にあった耕運機の回転する爪を絵に起こし鮮明にイメージする事で威力と魔力効率が跳ね上がっている。でなければ、ここまで早くは作業は進まなかっただろう。
なんとか日が暮れる前に最後の水田予定地も耕し終わり、田園予定区の手前で待っているティアナとウナの元へ走って移動する。
「お疲れ、ソラ! やっと終わったね!」
「いや、まだだよ?」
「「え、そうなの!?」」
まだ一度土を起こしたに過ぎない。
肥料か肥料代わりになりそうな植物等を蒔いては耕す事を何度か繰り返す必要がある。
それに水門を設置して水の出し入れができる様にしないと水田とは呼べないだろう。
あと、畦道も崩れないように固めて水田の境界がしっかり分かるようにした方がいい気もする。
などと二人に説明していると聞き馴染みのない声がかかる。
「おいおいおい……族長に聞かされ後どれくらいで水門が要りそうか見に来てみりゃあ、今日からでも水門つけれるじゃねぇか!?」
ガテン系の仕事をしてそうな体格をした二足歩行の虎……いや、耳を見るに虎猫の獣人がいた。
猫頭とかぎしっぽの全身毛皮で覆われ、唯一手の周りだけ毛がないタイプの獣人。
一応見覚えはある。マシヴさんの筋トレ教室だかなんだかに来ていたのを見た。名前は知らない。
「えっと、あの……何回か肥料とか振って耕す必要があるので水門をつけるのはもう少し後でも」
「あん? 今年の『
水門か……水路に繋がる溝か穴を掘って、水量の調整は板での塞ぎ度合いでいけるだろうか。
木材なら煌爪でなんとか加工できるが……。
「問題は水門の材料をどうやって用意するか、か」
「うぉい! 俺の仕事までやんじゃねえよ!?」
「え?」
「よう坊主、ちゃんと話をするのは初めてだな。
族長に水門の製作と設置を任されてる。あとは俺の仕事だ、お疲れさん」
「あ、どうも。俺はソラです」
彼は振り返る事なく「知ってるよ」と言いながら田んぼの方へ歩いていく。
田んぼの角でしゃがみ、畦や田んぼの土の様子を確かめているようだ。
「そろそろ日が暮れますよ?」
「夜目が効くから問題ねぇよ。ったく倅の奴は一体何を見てたんだ……」
彼は背を向けたまま手を振り小声でボヤく。
「倅?」
「おう。三日……四日前か? お前さんが田んぼを作り始めた日に見に行かせたんだが」
「基本、夢中で作業してたので」
「そうか」
郷の人が来た時の対応は二人がしていたはずと二人の方を見ると、二人は少し考えた素振りをして声を上げた。
「あー! あの男だよ、ウナちゃん!」
「あ、ソラに石を投げた奴ね?」
「そう!」
石なんか投げられたっけ?
「何!? 倅の奴、そんな事をしたのか!」
「別に当たって無いんで大丈夫ですよ?」
「当たったよ? ソラ」
「へ?」
「そうね。拳で砕いてたわよ?」
そういえば何か飛んできたのを迎撃してた様な気がする。マシヴさんの投げる鳥型石弾と比べるたら大した事無かったので気にも止めなかった。
「まぁいいや。それじゃあトラボルタさん、水門の設置はお任せします」
初日の反省を生かし、昼食を忘れずに摂取したが空腹感がかなりきてる。
「あ、あぁ。(投げられた石を砕いた?)」
彼の疑問の声は腹の音に重なり、俺達の耳へ届く事は無かった。
マシヴ宅へ帰り、夕食の山盛りハンバーグを食べながら明日の予定を尋ねる。
「明日? 明日もソラ君は田園予定区で……って、もう終わったのかい!?」
「一通り耕し終わりました。一回だけですけど」
「参ったね、あと三日はあると思ってたから……」
「あら、それなら私に考えがあるわ」
マチヨさんは追加のハンバーグ山を飯台に置き、話を続ける。
「的当て、よ」
「「的当て?」」
マシヴさんと二人で首を傾げているとマチヨさんは理由を教えてくれた。
「ソラ君が石を投げつけられたって聞いたのを思い出して気付いたよ。ソラ君達には遠距離攻撃手段が無いんじゃないか? ってね」
「あー、確かにそうだね」
「え、でも……走って近づいて殴った方が早くないですか? 仕留めるなら」
「相手が空にいたら?」
「跳んだ後、『空間掌握』を使ってもう一回跳んで捕まえます」
「……足元でも発動できるようになったの!?
って、ソラ君の跳躍力で二回跳んで届く様な距離は遠距離じゃないわよ」
「ですよね。自分で言ってても、そう思いました」
跳んで届く距離なら空じゃない。
「あ、でも何を投げるんですか?」
「そうね……マシヴの石弾は下手な鉄杭よりも重いから無理だし、ソラ君は魔法で何か出せない?」
とりあえず石ころをイメージしながら魔力を手に集めてみる……が、何も起きない。
「ソラ君、そのまま水生成の魔法を使ってみて」
「え、はい。
イメージした石ころと同じ形をした小さな水塊が掌に現れた。
手の動きに合わせて追従するが、投げられそうにない。手を振っても遠心力で離れる気配がなく、手と同じ速度で追従している。
……水塊が大きくなってないか?
「ソラ君、魔力を維持したまま魔法を止めて!」
「は、はい!」
魔力操作は維持したまま水道魔法を止める。
ゴルフボール大だった水塊はバレーボール大まで大きくなっていた。
水塊の形を維持するのに極微量ながら魔力を消費している為、このままだといずれ崩れてしまう。
魔力効率が改善された耕運魔法でも一日中使っていれば魔力は何度も枯渇する。耕し終わりで枯渇の一歩手前な上に、水を生成しての形状維持は残りの魔力量的に厳しい。
「ウナ〜、これ凍らせて」
「……」
マチヨさんの一言でウナはハンバーグを口に運ぶ手の片方をこちらに向けた。
これは……ウナの魔力?
なんとなく手を下げると水塊の上半分が凍る。
「なんで避けたの、ソラ君?」
「いや、ウナの魔力が漂って来たので」
「その感覚は覚えておくといいわ。ウナ、悪いけどもう一回お願いね」
「……はーい」
水塊は球体が横一文字に斬られ微妙にズレた感じの形状に凍った。
これはこれで指が引っ掛かる分投げやすいか?
「形状を試すのは明日にしなさい」
氷球のズレた部分に指を引っ掛けて投げる真似をしていたら怒られた。
飯台の上にあったハンバーグの山が三割も残って無いんだけど……いや、残り全部どうぞって言われても俺一人では食べきれない量はあるが。
「こら! 貴女達、ちゃんと噛んで食べてるの?」
「「…………」」
ティアナとウナは口一杯にハンバーグを詰め込みつつも、無言で口を——顎を動かしながら頷く。
「なら良し! さぁ、ソラ君も食べないと食い尽くされちゃうわよ?」
「ふふ、そんな事もあろうかとソラ君の必要最低限のハンバーグは確保してあるよ。この区画はソラ君の分だよ」
慣れた今ならどうって事ない量だが、軽く十人前を超える量はある。二人もマシヴ夫妻も相変わらずよく食べる……よく、食べる?
「まさか旅費の内訳って……」
「大丈夫よソラ君。現地でも稼げばいいから」
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