第42話 空の牙

 そして半年もの月日が流れた……とはならない。

 あの転生者の孫が来た日から何日経ったのだろうか、食事と筋トレと入浴の日々で毎日同じ事の繰り返しだったせいか記憶が曖昧だ。

 あれから夢精した日が三回くらいあったので十日は経っていると思う。マゴノと会った翌日は夢精しなかったので間違いない。3日毎だったし。

 つまり、俺が異世界に来て約二週間経とうとしている。後で確認したら明日で二週間だったけど。


 ちなみに、マゴノの奴は会った翌日に郷を去っている。行商隊の護衛ついでに白い騎虎の存在を確認するだけの予定だった為、護衛依頼を優先せざるを得ず泣く泣く去っていった。

 が、すぐに戻って来たのか目の前いる。

 正確には主従式強制鍛錬術マスタースレイブ・プログラムで筋トレさせられている俺の視界内でティアナとウナ二人相手に模擬戦を繰り広げている最中だ。

 ティアナの輝く金の拳を軽々といなし、俺の目では追えないウナの斬撃を短剣片手に受け流す。

 二人の攻撃を反撃もせず捌き続けていた。

 なんか思ってたよりマゴノが段違いで強い。


「ほらソラ君、よそ見しない! 魔法の解除に集中しなさい。今のソラ君ではあの模擬戦を観てもなんの参考にも出来ないし、自信なくすだけよ」


 そうは言っても、マチヨさん……鍛錬開始と同時にウナの造形練習目的で凍らせる為に魔力が空になるまで水を生成させられて使える魔力が微量しかないんです。魔力枯渇状態に近いほど体内の残存魔力を感じ取りやすく、動かしやすいからとの理由でマゴノと会った翌日の鍛錬から魔力枯渇状態で鍛錬が始まる羽目になったのだ。しかし人間続けば慣れるモノで、今では身体が勝手に動く事に対する不快感は感じなくなり、筋トレしている時間の内半分までは魔法解除に挑戦する余裕がある。未だ魔法陣の一つも壊せてはいないが、魔力をミリ単位感覚で扱える扱えるようにはなった。


「魔法陣壊そうにも魔力が足りないんですが」

「ふ〜ん。そう、魔力が足りれば壊せるのね? いいわ。ウナ! ちょっと来なさい」


 意味ありげな笑みを浮かべ、マチヨさんはウナを呼び寄せた。模擬戦が中断された為、三人が寄ってくる。


「どうしたっすか? 面白い事でもやるっす?」

「マゴノ先生……面白くはないと思うのでティアナちゃんの相手をしてて貰えますか?」

「そうっすか〜。なら、ティアナちゃんにホワイトライダーの必殺キック『空の牙』を教えてあげるっす。爺ちゃん直伝っすよ」

「わーい。やったー!」


「「「待った!」」」


「な、なんすか」

「私達も見たいので待ってもらえますか」

「いいっすよ〜」


 そういえば、マシヴさん一家もテンセイ作品の大ファンだった。

 早く見たいのか、マチヨさんは何の説明も無しにウナの手を俺の背に当てる。目が「さぁ、やれ」と言っているがどうしろと?


「お母さん? 何すれば良いの?」

「あ! そうだったわね、ソラ君に魔力を送ってちょうだい」

「あの、何でウナから?」

「相性よ。変換効率が違うのよ」

 

 空気椅子状態の支えにもならない具合で当てられたウナの手から魔力が流れ込んでくる。

 毎晩、ウナの魔力とティアナの命力を流し込みながらのマッサージを受けているおかげで二人の魔力と命力を感じとるのは訳もない事だ。おまけに受け取り慣れてもいるから扱いやすくもある。

 受け取った魔力に自分の魔力を混ぜて練る。

 練り上がれば準備完了。


「じゃあ、右人差し指第一関節の魔法陣を破壊してみてくれる?」

「分かりました」


 まず、微量の自己魔力を操り目的の魔法陣に絡ませる。次に魔力を突き刺すようにして無理矢理経路パスを繋ぐ。後はその経路を通して練った魔力を注ぎ込んでいく。

 注ぎ込まれる魔力が魔法陣の許容量をこえて耐え切れなくなれば破壊できるはず。


「あ、魔法陣が浮かんで来たっす」


 マゴノが声を上げた瞬間——魔法陣は細かく振動し、硬い音を立てて砕け散る。


「よし! 破壊でき……って、そんな!」

「残念だったわね、ソラ君」


 砕けた魔法陣が再生していく。

 全身の関節に魔法陣を埋め込まれている俺には分かる、破壊された瞬間に別の魔法陣達から力が供給され破壊した魔法陣を修復したのだと。


「その顔は理解したようね、ソラ君? そのやり方だと三百を超える魔法陣群を全て同時に破壊しないと解除できないわよ」

「そ、そんな……魔力が足りな過ぎる」

「あーこれ、あれっすね。自己保持回路内蔵の連立魔法陣っすよ。初めて見たっす。あれ? でもなんでそんなモノ身体に埋め込まれてるっすか? 一種の呪いに近い代物で免許ライセンスがいるっすよね」


 え? 今、呪いって言った?

 どういう事なのマチヨさん。


「似てはいるけど、呪いとは全くの別物よ。それだと街や都の結界も呪いって事になるわ。同じなのは正しい解き方以外ではまず解けないって点だけ」

「あ〜そうなんっすね……って、何で使ってるのかの説明がまだっす」

「マシヴ流鍛錬術の一つよ!」

「なるほど! 納得っす!」

「いや、何で?!」

「マシヴ流筋肉鍛造師ビルダーの秘伝ってヤツっすよね」

「あ、言っておくけど僕とマチヨの二人でマシヴ流だからね」


 地球で言うボディビルダーを育てる人を筋肉鍛造師と呼ぶらしい。マシヴさん達は最後まで鍛えるのではなくある程度鍛えたら本場である筋肉都市マスルツの筋肉鍛造師の元へ行かせる形をとっており、マシヴ流の修練者を門下生に欲しい筋肉鍛造師は多くて有名なんだとか。「そのマシヴ流の秘伝だからこそ、説得力があるっす」とのこと。


「それにしても、魔力操作の上達が思ったより早いわね。第二段階へ移行しておこうかしら」

 

 今まではなかった指先等にも魔法陣が追加され、全身の魔法陣が浮かぶ。驚いて瞬きをして目蓋を開くたびに魔法陣同士を繋ぐラインが形成され全身がギプスに覆われたようになった後、それらは体内に沈むように消えていった。

 特に違和感はない……そもそも、今は身体の自由が効かない状態なのであっても分からない。


「何も起きないっすね」

「外から分かるモノじゃないから気にしない方がいいわよ。それより、必殺キックを!」

「「うんうん」」「僕も気になる」

「あれ〜? 誰かさんは気にならないっすか?」


 なんともイラつかせる表情で見てくるなこいつ。

 必殺キック、ライダーの……うん、あれだろ?


「こう……跳んで、空中で一回転して急降下キックだろ? 是非ダイナミックに頼む」

「んな! な、何で知ってるっすか! っもう……まぁ、いいっす。遠くに的とかあるとありがたいんっすけど」

「これでいいかしら?」

「あ、私の氷……」


 かなり離れた位置に氷の彫像が立っている。俺が生成した水を凍らせた物だ。俺の全魔力分の水を凍らせて圧縮してあるので岩より硬いけど大丈夫か。


「じゃあ、いくっす。コツは魔力でも命力でもいいんで、両手両脚にエネルギーを溜めておくっすよ」



 そう言うと、マゴノは両手両脚に魔力を纏う。

 纏う魔力は純度を増して薄緑色の光を帯びて、的へ駆けていくマゴノの軌跡を描いた。

 速度が最高潮に達した瞬間、天高く舞い上がり、最高到達点で一回転。

 回転が終わると同時に両手の魔力が炸裂、反動で爆発的な加速を起こす。


「消し飛べぇぇぇぇぇぇっすぅぅぅううう!!」


 片脚をたたみ、もう一方を突き出し、翡翠の弾丸となって氷像を貫いた。



 圧巻の破壊力を前に一同声を失う。

 氷像は姿形も無く爆散し、それどころか運動場の黒土も吹き飛び地割れのようなクレーターができている。


「いや〜久しぶり過ぎて加減間違えたっす」


 マゴノさん、生意気言ってすいませんでした。

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