第41話 縞模様
投げかけられた質問に思わず振り返る。が、便意は待ってはくれない。腹を押さえながら急いで活性鍛錬者専用トイレへ駆け込んだ。
一時間近くに及ぶ排便を終えトイレを後にし、そのまま活性鍛錬者用の浴室へ移動して汚れを洗い落とす。
サッパリしたところでパジャマに着替え、少し軽くなった身体に新たな血肉の材料を入れる為にジムを出てマシヴさん宅へ向かう。
「あ! やっと出てきたっす」
いきなり後ろから声をかけられて驚きつつ振り返る。ショートカットの茶髪に赤縁眼鏡……えっと、誰だっけ? まぁいいや、それよりもお腹すいた。
今日の晩ご飯何かな。肉なのは間違いない。
「って、無視すんなっすー!」
そんな叫び声と共に地面を蹴る音が聞こえたのでしゃがみながら振り返る。
ロングスカートを傘のように広げながら、揃えられた両脚が頭上を通過していく。
水色と白の縞々……。
スカートでドロップキックすんなよ。
「わぷ」
広がったスカートが顔面にぶつかると同時に女はしゃがんだ俺の背後に着地した。
どうしようここまで興奮しないパンチラ……いやパンモロは初めてだ。
「ま、まさか避けられるとは思はなかったっす。怪我をしないようあえて手加減したとはいえ中々——って何処顔突っ込んでるっすかー!」
スカートが顔に引っかかってる状態で立ち上がれば縞々のアレが見えてしまう。正直もう一回見たいとは思えない。背を向けた状態なので振り向かずに立てばいいだけだが、やるとまた騒ぎそうで立つに立てない。
女が一歩下がったことで視界が開く。すっかり日も暮れたが月明かりでよく見える。ただ月は地球で見る月より数が二つが三つ多く色も違うが。
四方の月に照らされる星空は強く異世界に来た事を実感させる。まともに夜空を見上げるの何気に初めてだったな。
「み、見たっすか」
異世界の星空に想いを馳せていると再び声をかけられたので、立ち上がり振り返る。
スカートを押さえ前屈みの女と目線が釣り合う。
顔立ちは整っているのに触覚のような二本のアホ毛のせいで残念っぽさを隠し切れていない。
胸も大きめでスタイルも良いのにどこか残念な雰囲気のある、美女と呼びたくない美女。
歳は召喚される前の俺と同じか少し上くらい、つまり二十歳前後に見える。それが縞パン。
「フッ」
鼻で笑って横を通り過ぎる。疲れてるし腹も減っているので今は相手にしたくない。
「んなぁ! 今、鼻で笑ったっすか! 笑ったっすよね……」
女の声を大音量の腹の音が遮る。俺じゃない。
「腹が減ってるんすね。まぁこの辺にしといてやるっす。私もご飯にお呼ばれしてて楽しみっす〜」
さらっと俺の腹が鳴った事にしやがった。
突っ込んでも騒ぐだけ疲れるのは目に見えていたので大人しく女の隣を歩く。
「ん、ため息っすか? 爺ちゃんの魂と同郷みたいっすからね、相談に乗るっすよ」
小さなため息に反応された。
しかし同郷? 同郷……魂のって、思い出してきた。日本の転生がどうの言ってたな。あれ、もしかして日本語喋ってたのか。どうにも異世界語も翻訳されて日本語に聞こえてるから気付かんかった。
「ってことは、イシヤ・テンセイは」
「そうっすよ。あ、でも黙っとくんで安心して欲しいっす」
俺の事を転生者だと思っているってことはマシヴさん達はちゃんと秘密を守ってくれたんだ。
疑ってなかったけど、信頼できることが分かって少し嬉しい気分になる。
「うんうん、安心してくれて私も嬉しいっす」
この女、マゴノは何か勘違いしたっぽいけど訂正する必要も無いか。
マシヴさん宅の食堂で待っていたのはハンバーグタワーだった。一人一山の。
「おお! これはハンバーグじゃないっすか! よく製法知ってたすね」
「ソラ君が教えてくれたのよ」
「なるほどっす。流石、転セ……」
「「「「テンセ?」」」」
やはりポンコツか、この女。
誤魔化そうとしているが、しどろもどろで口笛も鳴ってない。
「つまり、イシヤ・テンセイの魂と俺は同郷って事ですよ」
「あら、そうなのソラ君。って、それ言ってよかった事なの?」
「そもそもイシヤ・テンセイって名前が自分と同じ存在へ向けてのメッセージみたいなものですし、漫画の内容も聞いた感じだとその証拠にもなる設定のようですから」
「その通りっすけど……」
「ああ、僕らはソラ君の事情も聞いてるから大丈夫だよ。もちろんイシヤ先生が転生者って事は吹聴したりしないから安心してね。それよりご飯にしようか」
「そっすね。私、もうお腹ペコペコっす」
「じゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」っす」
このハンバーグ、この間の
噛むと鶏肉の脂と旨味が溢れてくる。
口当たりが軽くいくらでも食べれそうで、味に飽きが来ないよう一部バジル種の香草狼牛との合挽きが混じっていたり複数のソースを楽しめるようになっている。
気が付けば一山のハンバーグタワーを食べ切っていた。今日は消化器系強化の魔法無しで。
「ソラ君、だいぶ食べれるようになったわね」
「おや? 一山で充分とは小食っすね〜。お代わり貰ってもいいっすか?」
「ええどうぞ。いっぱい作ったから大丈夫よ」
「ありがとうっす〜。冒険者は身体が資本なんで、どんどん食べるっす」
「だったら野菜も食べないとな」
「ニンジンは苦手っす! あとピーマンも!」
「あら、じゃあお代わりは要らないのかしら?」
「ぬぐぐ……」
マゴノは涙目になりながらも野菜を食べて、お代わりを貰うのだった。
ちなみにティアナとウナは特に好き嫌いが無いので黙々とお代わりを食べている。
一山、十人前をお代わりか……ぅっぷ、このまま見てるのは危険だな。
「ごちそうさまでした。お風呂入ってきます」
「また風呂入るんすか? さっきシャワー浴びてたっすよね」
「俺は寝る前に湯に浸かりたいんでね。ところで漫画家じゃなかったのか? 今冒険者って言ってなかったか?」
「冒険者で漫画家っすよ? 親が爺ちゃんの漫画に憧れて冒険者になったっす。その親の影響と爺ちゃんも若い時は冒険者やってたと聞いて冒険者になったっす。今は取材を兼ねて冒険者やってるすね」
「道理でテンセイ作品は怪人に迫力がある訳よね」
「魔物を間近でよく観察したっすから当然っすよ」
そのまま漫画談義で盛り上がりそうだったので、一抜けしてゆっくり湯船浸かってくる事にした。
風呂から上がって来ても、まだ漫画の話で盛り上がっていた。正直、漫画の話なら加わりたい所だが異世界の漫画はまだ読んでないので加わりようがない。
「お風呂ご無礼しました〜、おやすみなさ〜い」
「あ、待ってソラ君。ちゃんとマッサージを受けないとダメよ。ウナ、ティアナちゃんよろしくね」
「「は〜い」」
「ちょっと待った! ソラ君、水分補給を忘れてるよ。お茶を一杯飲んでくといいよ」
「練習がてら魔法で水を出して飲んでましたけど」
「それでも、だよ」
「分かりました」
湯呑みを受け取り、一気に飲み干す。
「お〜、いい飲みっぷりっすね〜。よ、もう一杯」
湯呑みにもう一杯注がれたが、今度はゆっくり味わって飲む。
「じゃあ、おやすみなさい」
「マッサージっすか〜、面白そうっすね見に行っても?」
「寝落ちした後に悪戯されそうなんでお断り」
「そんなことしないっすよ〜」
悪戯する気満々の顔で言われても説得力はない。
と思っていたらマシヴさんから助け舟が出た。
「悪いけどソラ君の睡眠を妨げる訳にはいかない。
質の良い睡眠も鍛錬の内だからね」
「あ、じゃあ本当に悪戯とかしないんで見ててもいいっすか?」
悪戯する気だったの自白したよ、この女。
結局お目付役としてマシヴさんもついて来て、五人全員に見られながら寝落ちすることになった。
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