第39話 テンセイシヤとマゴ

 爽やかな朝だ。

 疲労感の残りも無く、パジャマが濡れた不快感も無いスッキリと朝を迎えられた。

 窓を開ければ少し肌寒いが春の息吹を感じる。頬を撫でる花の香りが乗った風が心地良い。

 そんな素晴らしき朝は即座に終わりを告げた。


「やぁソラ君! おはよう! いい朝だね。今日は洗濯の必要も無いみたいだし、朝ご飯を食べて鍛錬を始めようか」

「お、おはようございます」


 勢いよく開くドアの音に驚いている間に、一切の無駄の無い動きで話かけながら固まる俺を抱え込んでいく。脇に抱えられた状態で階段を下りている最中に挨拶を返せただけ良く返したと思う。

 運ばれた先の洗面所で身支度を整え食堂へ。

 待っていたのは丼。

 朝から丼物……丼文化まであるとか日本食チートは無理だ、なんて考えは一旦横に置いといて蓋を開ける。


 ふわりと香る出汁、黄金に輝くトロトロ卵の中に存在を大いに主張するゴロッとした鶏肉が食欲をそそり、添えられた三つ葉の緑が映える。

 紛うことなき親子丼——お手本の如き親子丼が、姿を現した。


 丼の前に置かれるのは箸ではなくさじ

 ……かっこめ、と? ですよね。


「いただきます!」


 丼を持った手が下りる事なく食べ終わる。

 卵、鶏肉そして米に出汁がしっかりと染み込んでいる上につゆだくで、かっこむのを止められない一品だった。


「ごちそうさまでした」

「はい。じゃあこれ、食後のお茶ね」


 煎れたてのお茶が目の前に置かれる。

 なんだか少し慌ただしい。


「今日、なんかあるんですか」


 目の前で一緒にお茶をすすっているマシヴさんに尋ねる。ちなみにティアナとウナはまだ寝ているのかここにはいない。


「ん? ああ、今日は発売日だからね。届くのが待ち切れないんだよ。いやぁ、何かしてないと落ち着かないマチヨも可愛いなぁ」


 おっと、朝っぱらから惚気いただきましたよ。

 ごちそうさまです。

 発売日……ね、どっかで聞いたようなってここ以外だとティアナの家しかないか。えっとたしか。


「『ブルーム・ファイブ』でしたっけ?」

「おや、よく知ってたねソラ君。そうかタイガのとこで聞いたんだね。ネコナさんも大ファンだから」

「まぁ知ってるのは名前だけですけどね。ティアナも読んだことは無いみたいな口ぶりでしたけど、リメイクされるそうで」

「ああ、マゴノ「原作者イシヤ・テンセイの孫であるマゴノ・テンセイ先生が原作者イシヤ監修の元、設定・裏設定の細部まで見直して新要素や追加描写盛り沢山のフルリメイク作品なの」だ、そうだ」


 その後も原作の魅力を怒涛の勢いで語るマチヨさんの声を聞き流しながらお茶をすする。

 こうやって魅力を聞くより一回自分で読んだ方が早い。幸い、天恵のおかげで文字は読めるし。

 それよりもイシヤ・テンセイ……か、テンセイ・イシヤ——てんせいしゃ、転生者? まさかね。


「——で、って聞いてるの? ソラ君」

「え? あー、その……機会があれば原作から読んでみたいな〜、と」

「それはいいわね! じゃあ……」

「うん、一旦落ち着こうかマチヨ。ソラ君がそれを読む機会まだ先だからね」

「なんで?! って、それもそうだったわね。ソラ君は鍛練優先よね。スタジオ・テンセイのファンにするのはじっくり時間をかけて……」

「「おはよう! 今、スタジオ・テンセイって言った!?」」


 勢いよく扉が開き、ティアナとウナが現れた。

 綺麗な紫と蒼の瞳が爛々と輝いている。

 ただティアナの金、白、紫へとグラデーションのかかった髪は所々跳ねていて今起きました感がすごい。ウナの蒼い髪もよく見れば寝癖が……。


「おはよう二人とも。今ソラ君にスタジオ・テンセイ作品の素晴らしさを語っていたところよ」

「そうなんだ。あ、ティア! 今日って新刊が届く日じゃない!?」

「あ、本当ほんとだ!」

「あなた達喜ぶのはいいけど、髪ぐらい整えて起きてきなさい。ソラ君もいるのよ?」

「「あ!」」


 二人は顔を赤くして寝癖を押さえながら洗面所の方はかけて行った。手、足りてなかったけど。

 微笑ましいものを見た気分でお茶を飲んでいると空になったのでおかわりを貰う。


「はい、おかわりどうぞ」

「ありがとうございます。二人もテンセイ作品の大ファンなんですね」

「そうよ。でもあの子達はスタジオ・テンセイからのファンで私やネコナはイシヤ・テンセイ時代からのファンなの」


 話を聞くとイシヤ・テンセイは漫画文化の生みの親的存在で、最初期の頃はイシヤ・テンセイの名で出版していたそうだ。作品の流行で漫画文化が浸透してくるとスタジオ・テンセイを立ち上げ複数人で作品作ることにより弟子を育て、数多くの漫画家を送り出して漫画文化を根付かせたのだとか。

 そして全ての弟子達が独り立ちしスタジオが極小規模になり、イシヤも体力的に連載が厳しくなって来たところにマゴノが加わったことで再起を果たし今もなお作品を送り出しているらしい。


「「ごちそうさま!」」


 いつの間にかティアナとウナが朝食を食べ終えている。マチヨさんはずっとスタジオ・テンセイの話をしていたのに……ああ、マシヴさんが用意してたのか。今も二人、いやマチヨさんの分も含め三人分のお茶を入れている。


「それでお母さん、『ブルーム・ファイブ』は読んだことないけど面白いの?」

「魔法少女戦隊マジカル・ライダーシリーズの原点よ」

「「そうなの?!」」


 ティアナとウナが驚いているが、俺も別の意味で驚いている。

 ってニチアサ……マジでイシヤ・テンセイは転生者なのか。

 名前も他の転生者に向けてのメッセージを込めてのペンネームなのかもしれない。

 てか、知識チート成功者だな。


「ちなみに謎の助っ人枠で出るホワイトライダーも『ブルーム・ファイブ』に出てくるよ」

「あ、ちょっとマシヴそれ私が言いたかったのに」

「「そうなんだ!」」

「ならホワイトライダーのモデルはこの郷の騎虎者トライダーなのは知ってるかしら」

「それは知らなかったよ」

「ウナちゃん知ってる?」

「知らない。郷の事ならティア方が詳しいわよね」


 二人は首を傾げ、マシヴさんは感心顔でマチヨさんはドヤ顔をしている。俺は……とりあえず腕を組んで頷いておいた。


「ちなみにティアナちゃんのひいお婆さんよ」

「「「ええ!?」」」


 しまった、一緒に驚いとくんだった。


「ひいお婆ちゃんは知らないな〜」

「トランバル・アル・トラッヘントランチュって人が伝えた白い騎虎ライドラの伝承が元だそうよ」

「あー、『アル』なら私の先先先代だね」

「トーラちゃんが白い騎虎よね。もしかしたら取材に来るかもしれないわね」

「あはは、さすがに文化都市カルシアからここは遠いから難しいんじゃないかな」

「分からないわよ、ホワイトライダーの登場はまだ先だから可能性はあるわ」


 来るとしても原作者のイシヤの方じゃなくて、マゴノの方だろうな。転生者の孫なのであれば話を聞いてみたい。


「取材かぁ〜何するだろう?」

「でも大丈夫ティア? トーラって気に入った人しか乗せてくれないのよね」

「あははウナちゃん、私も気に入った人じゃないと乗せる気は無いよ」


 乗せる気は無いと言った瞬間のティアナは妙に迫力があった。譲る気はないのだろう。

 【次回予告】スキルの映像で見た限りでは騎虎は二人乗りまではできそうな印象だったが。


「ティアナ、騎虎って何人まで乗れるんだ?」

「乗って走れるのは二人までだね。後ろに一緒に乗るだけでも限定免許がいるよ」

「限定免許は落ちないように乗っていられればいいから私もティアも持ってるわ。でも、ソラが取ろうと思うとまだ厳しいわね」


「それは主従式強制鍛練術マスタースレイブ極限濃縮日程エクストリームを修めれば大丈夫だよ。最低でも限定免許が取れるだけの筋肉はつくから」

「それよりもウナあなた、ソラ君達と郷を出るつ気なのよね。今からでは騎虎用意できないけどどうするの?」


「え?」

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