第零章 虎人族の郷ドールフトラッヘン 第二節 約半年の修行パート
第30話 展開は逆の方が良かった
異世界生活二日目……あれ? いや、三日目か。
胸が重くて目が覚めた。
今日からの修行が不安だとか病気になったとかではなく、
正確には白猫ではなく猫形態の白い
昨日は知らなかったから良かったが、もしトーラが寝ぼけて虎形態の元の大きさに戻ったらと思うと微笑ましい気持ちにはなれない。
身体を起こすとトーラは昨日と同様寝たまま足下へコロコロと転がっていった。
手をついて起き上がったが、どちらの手にも幸せな感触は無い。……別に期待してたわけじゃない。
白い天井に木造の壁、俺が寝ているベッドの他に机と椅子がワンセット。カーテンのかかった壁も無く、窓から朝日が差し込んで来ない。
窓から見える景色は地上階、一階のもの。
確かティアナの部屋は二階だったはず。
ここは……何処だ?
昨晩、寝る直前の記憶を辿る。
ティアナの家に着く頃には猛烈な眠気に襲われ目を開けていられなかった。
玄関で靴を脱いだあたりから記憶がかなり断片的で、誰かに手を引かれてこの部屋に。
単純に考えてここは客室。
そりゃティアナの部屋で寝る事になるわけがないよな。介抱されてたとはいえ、ティアナのベッドに寝かされてた昨日がおかしいんだよ。まったく。
というか風呂も入らず、寝巻きにも着替えず寝るとかよっぽど疲れてたのかな昨日は。
一日活動していた服のまま寝ていたのはパジャマ派として地味にショックだった。
叶うならひとっ風呂浴びてパジャマに着替えて寝直したい。
「お〜い起きろ〜トーラ」
「ぅにゃぁ、はふ〜むにゃむにゃむ」
ダメだ起きる気配が無い。
勝手に家の中を歩く事への免罪符代わりにトーラを連れてこうと思ったが無理そうだ。
気持ちよさそうに無防備に寝ているトーラを起こすのはやめよう。
部屋を出ると見覚えのある廊下に出た。
記憶を頼りに廊下を進むと食堂へと続く扉に辿り着いたので中へ入る。
「あらソラ君、おはよう。
残念だけど朝ごはんはこれから支度するとこよ」
テーブルを拭くネコナ母さんがいた。
正直今は空腹より微妙なベタつきとか昨日から着たままの服をなんとかしたい。
毎日湯に浸かっていた身としては二日も風呂に入っていないのは感覚的に気持ち悪いのだ。
「おはようございます。
風呂かシャワーとかないですか?」
「お風呂? だったら向こうの扉を出た突き当たりの左に浴室があるわ」
入ってきたのとは別の扉を示している。
ふと思ったけど、この家結構デカいよな。
「お借りしても?」
「そうね、この時間だと私以外まだ寝てるから自由に使ってちょうだい。それとソラ君、口調がまた硬くなってるわよ」
「うっ、分かりまし……分かったよ。なるべく気をつけま……気をつけるよ」
お風呂の使用許可も出たので、ネコナ母さんに返事をして浴室へ向かう。
「あ、お湯落としちゃってるけどソラ君使い方とか分かるのかしら?」
お風呂に関心が向いていた俺は、ネコナ母さんの呟きを聞き取ることは無かった。
言われた通り進むと『洗面所・個人用浴室』と書かれたプレートが掲げられた部屋を発見。
洗面所が脱衣所も兼ねているようなので、そこで服を脱ぎ浴室へ入る。
白い石材のタイルに大人一人が横になれそうな木製の浴槽があり、ヒノキに似た香りがする。
洗い場らしき所には水垢の無い鏡と浴槽と同じ素材で作られたであろう木桶と椅子がある。
なんともまったり出来そうな浴室だ。
お湯が張ってあれば。
蛇口らしき物はあるが捻る所が無い。
代わりにあるのが赤と青の透き通った丸い石。
浴槽の方の石を触ってみる。
何も起きない。
洗い場の方の石を撫でてみた。
静寂な時が流れた。
うん、使い方聞くの忘れたね。
床に敷かれた白い石材のタイルがやけに冷んやりと感じるよ。
どうしたものか……いや、今の俺には魔法があるではないか。
浴槽の上で手を合わせ、水を出す。
これでよ——くないな、このままで入れるのは水風呂じゃねぇか。
水風呂は苦手なので水を一旦止める。
浴槽に水を溜めてから点火魔法で水中に火を灯し一気に温めるか? たぶん魔力がもたない。
それにそれだと湯加減が無茶苦茶になると思う。
手詰まりか。
どうやってお湯を作ろう……お湯、お湯?
お店のトイレとか冬だとお湯で手を洗えるよな。
別にお湯を沸かす必要は無いのでは?
初めからお湯を出せばいいわけで。
やってみるか。
冬の温水の水道を意識して、浴槽の上で手を合わせ魔法を発動。
すんなりとお湯が出てきた。
もう少し熱く、熱くと思っていると出ているお湯の温度が上がってきた。
あとは水量、もっとドバッと。
「熱っ!」
全開の蛇口並みの水量になり、跳ねた飛沫がかかった。別に熱くはなかったが反射的に声が出た。
中々溜まらな……風呂の栓忘れてたわ。
浴槽にお湯を張る間に身体を洗いたいが魔法の同時展開とか……昨日普通にやってたな。
魔法で木桶にお湯を溜め、椅子に軽く流す。
再度桶に湯を溜め、しゃがんで掛け湯のように身体にお湯を掛ける。
三回ほど身体にお湯を掛けた後、椅子に座り身体を洗う。鏡の隣に石鹸があったのでそれを借りて。
泡立ちの良い石鹸のようで身体が泡まるけになったので桶のお湯で流す。
……別に桶にお湯を溜める必要もないな。
立ち上がり、座った際に頭がくるであろう位置の上でお湯を出す。
座って頭からお湯をかぶり、指の腹を立て洗う。
鏡の隣にあった石鹸はいくつかあり、頭の絵が彫ってある物を使い頭を洗っていく。
二日ぶりなので気持ち念入りに。
泡を全て洗い流すとだいぶサッパリした。
掌で髪を押さえつけながら後ろへ水分を絞る。
別に手でやる必要もないか。
頭上で風を発生させて髪を乾かそうとしたが、いまいち風の噴射位置を動かせそうになかったので頭を動かして乾かすしかなかった。
風は髪が乾ききる前に止まった。
少し気分が悪い。
魔力切れだ。
「しまった、風呂!」
若干少なめではあるが肩まで浸かるには充分の湯が浴槽に溜まっている。
湯加減は少し温めでのんびり浸かるにはちょうど良い温度。
こうして湯に浸かっていると疲れが溶け出していく気がする。ぐっすり寝て起きた後だから溶け出す疲れなんて無いけどね。
ヒノキに似た落ち着いた香りの広がる浴室。
楽な姿勢がとれるよう背もたれ側に角度がつけられている浴槽。
熱過ぎず、温過ぎない絶妙な温度を保つお湯。
魔力枯渇で悪かった気分も段々と晴れ、心地良いひと時に思わずため息をついた。
「い〜湯だな〜」
しばらくのんびりと湯に浸かっていると、遠くから階段を下りる音が聞こえる。
ここまで聞こえてくるとは結構な勢いだな。
「お母さんおはよう! 朝ごはんなに?」
ティアナだった。朝から元気だな。
そろそろ上がるか。
風呂から上がり、浴槽の栓を抜く。
魔法で風を出して水気を取ろうと思ったが、魔力を枯渇したばかりなのでやめておいた。
浴室の戸を開け、脱衣所へ。
「きゃあ!?」
……きゃあ?
俺の目の前にはウナが立っていた。
両手で顔を覆っているが人差し指をバッチリ開いていては意味がな——。
「どうしたの? ウナちゃん……ワーォ」
あはは、おはようティアナ。
いや、今俺全裸じゃん!
慌てて浴室の戸を閉め、顔だけを出す。
「えーと……二人とも、おはよう?」
「「おはよう」」
沈黙が流れる。
ウナは顔を真っ赤にしていたが、ティアナはウナに何かを訪ねている。
「(ねぇウナちゃん、男の人って本当に股になにかついてるんだね。お父さん以外の初めて見た)」
「(わわわ私も初めてよ)」
おおう、バッチリ見られたね。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「おーいソラ、着替えとタオル持ってきたぞ。
朝から風呂とは物好きな奴め」
「「うひゃぁ!」」
顔を引っ込めようとしたら着替えとタオルを持ったタイガさんがやってきた。
そういや、着替えもタオルも忘れてたな。
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