第21話 劣情の報い?

 上腕二頭筋と大胸筋……いや、上半身の筋肉を魅せつけるポージングを滑らかに連続で決めつつ入ってくる相手に即座に反応できるだろうか。

 俺には無理だった。

 しかし、これは慣れの問題だろう。

 現に、その当人マシヴさんの娘は反応を返している。

 つまりこのポージングしながら話しかけてくるのは日常茶飯事の出来事か。あれ? この人に鍛えられるってことは…………早く慣れよう。

 ところで、鍛錬法を相談してたはずでは……なるほど図られたな。


「マシヴさん……最初から聞いてましたね」


「おや、良く分かったね」

「「え、どういうこと?」」


 ポージング続けるんすね……サイドなんとかってやつだったかな、それ。いや、なんとか……サイ?

 まぁいいや、気にしたら負けだ。


「鍛え方の相談してたにしては来るのが早い気がしますし、マシヴさんが抜け出せる相談ではないはずです。つまり……保護者四人全員で聞いてたんじゃないですか? 初めから」


「なんですって……」「え、そうなの?」


 推理を披露する探偵っぽいポーズをとりながら、俺は推理をマシヴさんに突き付けた。


「なかなか鋭いわね、でも足りないわ」


 声はマシヴさんの後ろからした。


「ちょっとアナタ、脇にずれて」

「ああ、ごめんよ」


 マシヴさんの影から現れたのは、マチヨさんだ。

 頭の後ろで腕を組み、腹筋と美脚を強調したポージングのマチヨさんがそこにいた。

 夫婦揃ってこんな感じなのか……まさか娘のウナもそうなのか? 思わずウナの方を見る。


「わ、私は違うわよ! 筋肉道歩いてないから!」


 筋肉道ってなに? いや想像つくけども。


「アナタ、この際だから名乗りましょう」

「そうだね! いくよ!」


「え、二人とも恥ずかしいからやめ……」


 マシヴ・マチヨ夫妻は完璧に動きを揃え、ポーズをとりながら名乗りをあげる。


「筋肉道を歩み! 

 筋肉都市マスルツにて家名を授かりし者!

 真名は、マシヴ・ニックスキルマン!」

「共に筋肉道を歩みし妻!

 真名は、マチヨ・ニックスキルマン!」


 滑らかに繰り出され続けるポージングは左右対象のモノへと変わる。


「「我ら筋肉の伝道師!

  今! なんじの前に筋肉の道は拓かれた!

  さぁ! 筋肉の第一歩を踏み出そう!

  君の筋肉は目醒めの時を待っている!」」


 最後は手を差し伸べつつ筋肉を魅せるポーズで締められた。

 ダメだ……どう反応していいか分からない。

 頼みのウナは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆いしゃがみ込んでいる。

 ティアナ、感心して拍手を送ってる場合じゃ……もしかしてそれが正解なんだろうか。

 拍手の音は部屋の入り口の方からも聞こえる。


「相変わらず素晴らしいわね。必ず前回を超えてくるんだもの、考案者冥利に尽きるわね」

「俺は『筋肉ちからが欲しいか?』のヤツの方が好きだが、素晴らしかった」


 ティアナの両親だ。

 本当に四人とも聞いてたみたいだな。

 ネコナ母さん……いや、何も言うまい。


「ありがとう、コレのおかげで門下生や受講者が増えて助かってるよ。よし、ではご要望にお応えしてもう一名乗ひとなのりしようか!」

「ぇ……やめ……」

「あら、だったらマントがいるわ。

 取ってくるから少し待っててくれる?」


 ウナの声は届いていない。

 この大人たち盛り上がり過ぎである。

 親が若い時のノリで芸を披露する感じかと想像するだけで居た堪れない。


「やめて……やめてって言ってるでしょ!」


「うぐ……寒い……」「ウナ……寒いわ」

「これは……寒いわね」「ぁぁ……さ、寒い……」


 寒い? 特に室温は下がってないけど……なんか伸ばしたウナの手から風が吹いている。

 突風には見えない、強くて扇風機の中だな。

 だが、薄着のニックスキルマン夫妻は凍えているのか身を震わせて歯を鳴らしている。

 気になったのでそっとウナが吹かしている風に触れてみると……冷たかった。

 最低温度に設定した冷房なんて比ではない冷気が四人を包んでいたのだった。

 ところで、さっきより室温が下がってきた気がするんだけど……そろそろ止めるべきかな。


「ウナちゃん……部屋の温度下がってきたからそろそろ止めない?」


 と、思ってたらティアナが止めた。


「ごめんなさいティア、ソラ……寒くない?」

「まだ寒くないかな〜」

「あっちと比べたら全然」

「そう、良かった」


 よく見ると微妙に霜が……気のせいか。

 さっき入れたばかりのお茶を飲む。

 ティアナとウナもカップを口に運ぶ。


「「苦っ!」」


 まぁ、砂糖とかなんも入れてないからな。場所も分かんなかったし。

 場所が分かるウナが砂糖をとってきて、二人は砂糖をお茶に入れて再び飲む……どうやら満足いただけたようだ。

 なんだろう、視線を感じる。

 凍えた四人がカップを手に俺を見ていた。

 まだまだお茶が入っているポットを持ち上げと、四人は何度も頭を上下に振る。

 ポットを下げると顔を横に、再び上げると上下にと振る方向を変えた。ちょっと面白い。

 これ以上遊ぶのも可哀想に思えたので、ポットの水中に再点火して温める。火は一瞬で消えてしまうが十分温まったはずだ。

 四人のカップにお茶を注ぐと、即座に四人お茶をあおる。


「「「「熱っ!!」」」」


 まぁ、そうなるよな。

 空になった自分のカップにお茶を注いで口へ運ぶと、確かにお茶は熱かった。

 冷ますついでに、砂糖を少し入れてもらい飲む。

 砂糖を入れるとだいぶ飲みやすくなった。

 みんな落ち着いてきたみたいなので、気になっていたことを尋ねる。


「足りないって、何が足りなかったんですか?」


「ふぅ、このお茶あの入れ方でここまでの味になるものかしら……あ、何が足りなかったかね。

 それは聞くだけじゃなくて、見てもいたのよ」

「マチヨの魔法でね」


 母親達が答えてくれたが……分かるか! お茶の入れ方を疑問に思ってるから本当に見てたんだな。


「あんなに元気に動くウナは久しぶりに見たわ」

「そうだね」


 確かに一番動いてたのはウナだったけども。

 本人に聞こえない所で言ってあげて……カップを持つ手が震えてるから。


「それに真名も教えちゃうなんて……ウナのこと、ティアナちゃん共々よろしくね」

「ああ、ウナに二人目の友達ができて感激だよ!」


 二人目って……やっぱりどの世界でも偏見や、差別があるもんだな。


「ウナは中々素直になれないから、寄ってきた子を一回突き離しちゃって友達ができなくて」

「それでいつも一人突き離したこと反省して落ち込んでたよ」

「まぁ、ティアナちゃんはサラッと受け流して距離を詰めて仲良くなったんだけど」


 性格の問題だったようだ。

 ところで真名の家名が違うのは聞かない方がいいのかな。


「そうそう真名って変わることがあるのよ。ウナちゃんも筋肉道を歩む覚悟を決めたら二人と同じ家名に変わるから別に気にすることではないわよ」

「あらそんなこと気にしてたのソラ君。ネコナの言う通りだから気にしないで。ちなみにウナが名乗ってるのは私の旧姓よ。まぁ、ティアナちゃんと一緒にソラ君と結婚したらまた変わるわね」


「マ、マチヨ? 結婚はまだ気が早くないかい」

「なにマシヴよ、これから見極めればいいのだ。

 お前のお眼鏡にかなうまで鍛えればいいだろう」

「そうだね! ソラ君覚悟はいいよね!」


 いつの間にか結婚話まで進んでるんだけど、俺の意思とかどうなった。いやまぁ、嫌では無いけど。

 一夫多妻とかありなんだな……俺が一夫多妻反対派とか考えなかったのか。


「ソラ君? 朝は思い留まったみたいけど、考えがせめぎ合ってた時点でそういう願望があるのは否定できないのよ。(ティアナになにをしようとしたか忘れて無いわよね?)」


 ネコナ母さん、笑顔が怖いです。

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