オレはまだまだ若いんだ

汚い話で恐縮だが、結婚して初めて、妻に足の爪を切ってもらった。


母が、訪問看護師にいつも爪を切ってもらっているのを見て、歳をとると何でも人にしてもらうんだな。本人は幸せなのかどうか分からないが、側から見れば至れり尽くせりだなあ、などと思っていたが、同時に、私はかなり前からひどい腰痛持ちなので、足の爪を自分で切れなくなるのも時間の問題だな、と思っていた。


今、母に施設に入ってもらうつもりで,手頃なところを探している。

いわゆる老人ホームである。

母が少しかわいそうでもあるが、ここまで何も自分で出来なくなると、もうそういうところのお世話になってもらわないと、とても私1人では面倒見きれない。

母がそういう施設で生活することに納得してくれるかどうかが問題だが、しかし納得しないとしても、無理にでも入ってもらわないとどうすることもならないのだ。


今回、そんなこともあって、久しぶりに自宅で家族と1日ゆっくり過ごす時間が持てた。まだ母は施設に入ったわけではないが、ショートステイというお泊まりに、ちょっと長く行ってもらったのだ。


で、私は手の爪を切りながら妻と話をしていたのだが、自然に話が足の爪のことになった。


年とったら、お互いに相手の足の爪を切ってあげないといけないかもね、と、そんなことを話すうち、妻が、私に切ってあげようか、と言ったので、私はついつい妻の言葉に甘えてしまった。

妻は丁寧に、私の足を掴みながら爪を切ってくれた。

ありがたくて嬉しかった。

しかし、とうとうそんな時が来たのか? と、ちょっと複雑でもあった。

普通なら,まだまだそんな歳ではないのではないか?

しかしこうして一度切ってもらったが最後、これからは毎回妻に頼むことになるかもしれない。

腰は随分楽で、本当にありがたいのだが、どこか納得できない気持ちもある。

ついにまた一歩、老境に足を踏み入れてしまったという、悔しさからくるものかもしれない。


母はもう下のことも私がいなければ解決できない。

しかし私は、どんなに歳をとっても、そこだけは絶対そうならないと自分で決めている。

そこだけは、絶対妻に迷惑をかけない。ガンにも絶対ならないし、認知症なんてもってのほかである。

どんなに強がってもそうなる時はなるのだと人は言うだろうが、私は絶対ならない。と、思う。


メタボなんて自分の美学が許さない、とカッコつけて強がってきたら,身長の割に未だにウエストは85センチを超えず、息子のズボンさえ履けるように、人間気の持ちようだと思っている。


だから、絶対私は死ぬまで、下の世話など人にさせないし、ボケない。

そして妻の面倒を見てあげるのである。


志だけでも、高く持つのである。うん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る