終末のランデヴー

天音 サトル

プロローグは突然に

人間界から離れた、魔法界にある、ラングツィヒ王国は、広大な自然と魔法文明の発達した、国益豊かかつ国際色豊かな国である。世界中の人々が口を揃えて一度はラングツィヒ王国に行ってみたいと言うほどで、美しい景色と賑わいを見せる王都は、とりわけ人気を博していた。

しかしながらラングツィヒ王国には一つ問題があった。

それは、隣の国が魔王領であるということである。

魔王領はかつてラングツィヒ王国の一部であり、魔族と共に人間やその他種族が共存していた。しかしながら、歴史が進むにつれ、互いの価値観の違いが浮き彫りになっていった。そして、お互いにそれを受け入れることを辞めてしまい、小さな対立が生まれた。魔族と人間の間にあった溝は段々と深まっていき最終的にはその溝は修復不可能にまで達してしまった。

それにより、魔族は人間との共存を辞め、魔族の王である魔王が、強大な力を誇示して魔族を率い、ラングツィヒ王国に対して独立戦争を仕掛けたのである。そして、双方に甚大な被害を生んだのちに和睦調停を結び、魔王領はラングツィヒから独立した。この際、ラングツィヒ王国は魔族から国内法規にある権利を全て剥奪し、魔族の国内残留を許さない強硬姿勢を見せた。魔王領は、人間の立ち入りを拒むことはなかったが、人間側の立ち入りについてもラングツィヒ王国が規制した。

以後、魔王領とはお互いに不可侵条約を締結しており、一部の交易を除き交わることはなかった。

しかしながら、おおよそ30年前。

ラングツィヒ王国第29代国王が崩御し、御代が変わる際に、新国王の戴冠式にて、第30代国王は演説にて宣言したのである。


「かの昔、魔王領と呼ばれるところは王国であった。悲惨な戦争は国家に甚大な被害をもたらし、戦争の悲惨さは十二分に伝承されていったように思う。しかし今の我々は違う。我々は昔のように弱くなく、国益も増し、軍事も手に入れた。今こそ、我らが勝鬨を上げ、かの領土を王国に取り戻す!」ーーーと。


元来、今まで領土回復レコンキスタと称して魔王領に非公式であれ王国民が不可侵条約を破り侵入する自体はあった。これは元老院に所属する一部の貴族ーーとりわけアルバート家という一族ーーーに根強く残る考え方で、国土を回復するためなら戦争も辞さない強硬姿勢をみせる家系が少なからず存在し、そして、タカ派として意見していたのである。無論、歴代宰相たちはかの戦争の産物は経済や人材の負債だけであったとしっかりと心に刻んでおり、また領地回復について慎重な姿勢を持っていたために、一部の元老院議員のそう行った意見を諌め、国王に決して耳を傾けてはならないと進言していた。

しかしながら、現在元老院は腐敗の一途を辿っていた。宰相を継ぐ一族はタカ派元老院議員である貴族たちにより、欺かれ、没落させられた。

そしてその結果、第30代国王へと代替わりのタイミングで、タカ派であり魔王両侵攻を強く進めていたアルバート家から輩出された近衛隊長であったアルベルト・アルバートが宰相となり、かの演説に至ったのである。

国家の方針として常備軍は魔王軍に対しては専守防衛の理念から一転し、先制攻撃の理念に基づき、魔王領との不可侵条約の破棄を高らかに叫んだ。

しかしながら、シビリアンコントロールによらず、軍事が国家権力として君臨しているために、国内は腐敗が進んでいた。戦力としては堕落する一方であった軍はすでに弱体を極めており、魔王軍に一方的に弄ばれ壊滅的な状態に追いやられた。要するに、どうすることもできなかったのである。

そこで追い詰められた国王と宰相はは、何をすべきかと考えあぐねていると、国家のお抱え占い師により、こういわれたのである。


ーーー「今こそ、勇者を呼ぶ時です」と。


宰相が部下や家臣に王国中の書架を調べ上げさせた結果、ラングツィヒ王国が王国として成立するはるか昔、過去に人間と魔王は対立していたのである。そしてその時代には軍事という考え方が存在しておらず、勇者とその一行が旅をしながら着々と力をつけ、魔王の住む城へと進撃し、降伏させたのだという。そして勇者は魔王を降伏させた後、自身を雇った貴族を国家元首に据えてラングツィヒ王国を形成してシステム構築に尽力した後、新たな旅に出たという。

宰相は、これは使えると思った。

英雄思想は国家の威厳を高めかつ国民の忠誠心を高めるのに相応しい考え方である。さらに、国家が膨大な軍事費を注ぎ込むわけでもなく、旅のバックアップをするのみで勇者一行が勝手にやってくれる挙句にその手柄は国家に帰属する。願ったり叶ったりである。

色々と調べた後、また占い師を呼び出し、こう尋ねた。


「勇者はどうやって選出するのか。強さを担保するために養成学校でも作るのか?」


「いいえ、違いますわ。ここは私の出番ですの。過去勇者を選出したのは、占い師の占いです。私のずっと昔の先祖が、とある詠唱を編み出し、そして勇者を導き出したという伝承があったのです。そして、この呪術のやり方を、曽祖母より受け継ぎましたの。成功するかはわかりませんが、やってみますわ」


しばらく呪術の詠唱を唱え、水晶を覗き込んだ。すると不思議なことに、水晶がまばゆいひかりをまとった。後さらさらと占い師は紙に何かを書き留めた。

「この場所にこの日に生まれたのが勇者ですわ」

「で、ではこの方法を使えば勇者が何人も…」

この強大な力を持つ呪術さえあれば、国すらも思いの儘に動かせるのではないか。

ゴクリ、と息を呑みながら傲慢な考えを口にする宰相に、占い師は首を左右に振った。

「いいえ、この呪いはこの国には1人しか使えない制約がある機密呪術ですの。また、これは強大な制約が掛かっていて、一度してしまったら次にできるのはその一年後なのです」

その事実に宰相はがっくりと首を落とした。

しかしながら、年に一度は勇者は選出されることは確約された。

そして、幸いにも選出されたものたちは勇者としての素質を十分に備えたものたちばかりであった。そして鍛え抜かれて成長した勇者は続々と王都に集められ、そして自分の前に旅立った勇者が降参して王都へと戻ってきたタイミングで、新たな仲間たちを引き連れて旅立っていくのであった。



そして、終ぞ史上最強とも謳われている勇者を提げたパーティは、出立の時を迎える。

王都に前任であった勇者が帰ってきたのだ。

彼らもまた、歴代最強とも言われ、ついに難関であった魔王城の二つ前の関とも言われているトイフェルベーグを攻略したのである。トイフェルベーグは人里からかなり離れた岩山の頂上にあり、魔物が多く、また魔力の根源となる魔素が空気に多く含まれているのである。そこに現れる魔物は、空気包含量の多い魔素により強化されている為、その前までに現れる魔物とは桁違いに強く、苦戦を強いられていたのである。

勇者たちは死闘を繰り広げ、ボス魔族を倒し、王都から直通可能な転移用魔方陣を展開することに成功したのである。

しかしながらそこで物資・魔力共に底をつき、さらにトイフェルベーグ攻略後、すぐにそこに降り立った魔王の臣下となのる人型魔族に完膚なきまでに叩きのめされたらしく、完全に戦意喪失及び精神摩耗状態となり、帰国を決意したそうだ。

彼ら含め、彼らの一族は歴代の勇者パーティがなし得なかった難関を突破したことにより、褒賞を大量に与えられ、そして栄誉ある称号を手に入れることだろう。

そして、いよいよ次は自分たちの番。

グッと拳を握りしめる。

「さあ勇者よ、出立の時が来た!」

パーティの魔術師であるシージェは、いささか大き過ぎる声でそう叫び、勇者がいるはずであった扉を開いた。

ーーーそう、いるはずだったのだ。しかしなから、中はもぬけの殻で、人のいる気配はない。

王都にしては部屋はもともと簡素な作りである勇者に当てられた部屋は、スッキリと片付いている。

「隠れているのか、お茶目な面もあるもんだな」

普段は素直でおとなしく、笑うと快活な表情を見せる勇者にこんな一面があったとは驚きだった。

大方、勇者は剣術のみならず魔法も嗜んでいるという類を見ない能力を持っているから、気配を消したのだろう。

微笑ましく思いながら木製のクローゼットを開ける。だが、そこには衝撃の光景が広がっていた。

何もなかったのだ。隠れていると思われていた勇者の姿だけではない。勇者のローブも、旅の必需品も、いつも修行の際に所持しているカバンも、何一つ残っていなかった。

なぜだ。勇者の私的領域であるからと今まで触れることはなかった箪笥や装飾品、ベッドの下などどこを探しても何も見つからない。勇者はともかく、勇者の私物すらひとつたりとも見当たらなかった。

呆然としながら机の上を見ると、そこには紙切れが一つ。

そこには、こう書かれていた。



ーー遠いところに旅に出ます。探さないでください。



「いや今から出立の予定だっただろうが!!!」

シージェの叫びが、宿中に響き渡った。


ーーー同時刻、魔王城にて。

コンコン、と豪勢な扉のノックをして、角を二本生やした銀色の長髪を蓄えた魔王の側近であるネーフルーが、美しい顔をゆがませながら、窓の方向を向いている重厚な椅子の背に向けて話しかけた。

「魔王様、もう何人めかも分からないですが勇者が帰って行きましたよ。しかしながら、今回はいつもより手応えがあったみたいです。魔族の中でも腕っ節のよいゴーレムが倒されて治癒するまでの間にトイフェルベーグまで進まれたそうです。流石に魔族四天王最弱の幹部のフースが幻覚で追い詰めて追い返したそうですが、要注意です」

いつもなら「そうか。ご苦労だったな」などと返事が返ってくるのだが、そういった返答は一向に来ず、疑問に思った。

その後も話しかけても帰って来ず、勢いよく話しかけた。

「魔王、聞いて…!?」

聞いていますが、と話しかけるつもりで椅子の方を覗き込んだところ、そこに魔王の気配は無かった。

代わりに魔法によって椅子に貼り付けられた羊皮紙にこう印字されていた。


ーーー余は旅に出る。今日からお前が魔王代理だ。頼んだぞ。


「いや無理に決まってんだろうが!!!!」

ネーフルーの悲痛な怒号が魔王城中に響き渡った。




「ユウ、行こうか」

「ええ、マオ。行きましょう、私たちの新天地へ」

そう言って、ユウーー勇者とマオーー魔王の2人は、手を繋いで魔法界から姿を消した。

そしてこれは、2人の魔法界からの、愛の逃避行の物語である。

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