72 突入戦 Ⅱ

 光の光線を見て思い出されるのは、先の森での戦いで放たれた銃の霊装。

 レベッカがあの戦いで取り逃がして、そしてエルがあの研究所にいるのだとすれば、あの時の奴と同一人物の可能性が高い。

 ……しかしこの遠距離で完全に狙いを定めて打ち抜いて来やがった。まるでスナイパーだ。


「……多分向こうの精霊術……いや、アレは霊装の攻撃と言った方がいいのか。付いてるね、ホーミング機能が」


 地面に着地した後、消し飛ばされた木を見てシオンが言う。


「それであの精密射撃か」


「当然だろう。マスケット銃をあれだけ適当に構えてこの距離で普通に打ち抜かれてたまるか。僕ですらさっきの射撃はマニュアルでどうにかしたけど結構キツかったからね」


「さらっと格上発言できる辺り、ほんと心強いわお前……しかしこの辺り一帯を消し飛ばすような攻撃じゃなくてよかった。アレ撃たれたら流石にキツイ」


「……というとキミは既にあの銃の霊装と交戦済みか?」


「いや、俺はあのやべえ威力を端から見ただけだ。アイツと戦って引き分けたのはレベッカ。俺はレベッカ達と戦ったあの戦いでは殆ど何もできなかったからな。普通に別の奴らに負けて今に至る感じだ」


「……そうかい。でもその時何もできなかったとしても、今ここから挽回すればいいだけだよ」


 俺をフォローするようにそう言いながらシオンは精霊術を発動させる。

 出現したのは淡い光の球体だ。


「なんだそれ。向こうにぶちこむのか?」


「いや。これそのものにはまともな威力は備わっていない。これは……こうするんだ」


 シオンがそう言うと、シオンの手の平からふわりと離れて宙を舞い、先程俺達が狙撃する前に居た辺りの位置にホバリングする。


「今からやる作戦は向こうをギリギリまで引き付ける必要がある。つまりは監視の目が必要だ。だからこれをいくつか飛ばして向こうの動きを探る」


 言いながらシオンは後四つその球体を作り出し、周囲へ拡散させる。


「これで今の精霊術の球体から僕の脳に直接情報が伝わってくる仕組みだ」


「それ使ってても体は大丈夫なのか?」


「この位の精霊術を運用する位なら力の生成は必要ない。直接的な戦闘系の精霊術と比較すれば消耗は少ないんだこういうのは……よし」


 シオンは一呼吸置いてから言う。


「とりあえず下準備は終わった。レベッカと合流しよう」


「だな」


 そうして俺達は離陸地点で待機しているレベッカの元へと向かう。

 やがてその場所へと辿り着くと、普通に生活していればまずお目にかかれないような不可思議な光景が目の前に広がっていた。


「二人ともおかえり。うまく言った?」


「ああ。大体シオンがうまくやってくれた!」


「キミの協力あってこそだよ。それで……なんだか異様な光景だねこれ」


 シオンも目の前の光景を見て、そんな感想を口にする。

 俺達の目の前には、バイクが地面スレスレの地点で浮いていた。

 レベッカの重力変動の精霊術だ。


「ところで僕は物理学とかそういう方面は割りと疎いんだけど、本当にこれでうまくいくのかい?」


「ああ、多分な。多分」


「えらく曖昧だねホント」


「しょうがねえだろ俺だって学はねえしな。特別頭いいとこの高校に通ってるわけでもねえただの高校生なわけだし」


「ま、もう出たとこ勝負でやるしかないでしょ」


「まあ確かにそうなんだけど……なんか不安だ」


 シオンが不安そうになっている俺達の作戦はこうだ。

 まずレベッカがバイクにかかる重力を0にして無重力状態にする。そしてそれに乗る俺達も同じく。とにかく走行中のバイクに掛かる重力を0にする。

 その状態で空中でフルスロットルのアクセル全開でタイヤを回し、機種スペック上の最高回転数に到達した所で最低限僅かな重力を掛けて地面にタイヤを接触させる。

 結果、バイクが最高速で飛ぶ。最悪バランスを崩しても俺達だけでも最高速で飛ぶ。

 ごり押しで滅茶苦茶な作戦なのはわかっているけど、滑走路が用意できない以上、今回の作戦はそういう感じ。


「とりあえず二人とも準備だけしときましょ。とりあえずどっちでも良いから後ろ乗って」


 一応空き時間にテストしていただけであろうレベッカは、バイクを再び地面に付けてた後、座席に跨がってから俺達に言う。


「あ、ああ」


 レベッカの精霊術は基本的に触れているもの。触れたものの重力を変動できる力だ。

 だから俺やシオンがレベッカに触れれば重力変動の対象になる。


「僕がやるよりキミの方が安定するだろう。頼むよエイジ君」


「分かった」


 シオンに促されて俺が後部座席に乗ってレベッカの肩に手を回す。

 腰に手を回す事への抵抗感はやはりあるけれど、それでもこうして得られる安定感には勝てない。300キロな上に特殊条件下の走行だ。舐めてたらマジで死ぬ。


「じゃあ僕はこの後ろギリギリに……うわ、狭いな」


「そりゃそうだろ。基本道路交通法的には乗れて二人までだ。三人で乗れるようには作ってねえ」


「それでこんな無茶苦茶な事をやろうとしているんだから、改めて本当にエキセントリックな作戦だって思うよほんと」


 シオンは改めてため息を付いた後言う。


「まあとにかく、適切なタイミングになったら僕から合図を出す。それでいいかい?」


「了解。こっちはいつでもいいわ……と、じゃあ二人共、重力変動させるから、浮いてどっか行っちゃわない用に体固定しといてね」


「おう」


「分かった」


 そう言った次の瞬間、全身が異様な程に軽くなったのを感じた。

 重力変動。レベッカに触れている物質の重力を変動させる。

 そしてレベッカが軽く地面を足で叩くと、その僅かな力でバイクが緩やかに宙を浮く。


「……さて、調整調整っと」


 レベッカがそう言いながらうまく重力を調整したのだろう。浮上していたバイクが絶妙な高さで静止する。


「準備完了」


「じゃあ後は向こう次第な訳だ。どうだシオン。向こうの連中の動きは?」


「散り散りになって全員こちらに向かって来てるよ」


 そう言った上でシオンは冷静に分析するように言う。


「……やっぱり向こうの霊装ってのは無茶苦茶だよ。人数は四人。一件抜けられる穴しかない……それをおそらくカバーしようとしていて、それができるつもりでいるんだから……それにしてもやはり動きが早い。もう本当にすぐに動けるようにしておいた方が良い。多分もうすぐこっちに付く」


「だってよレベッカ」


「了解」


 そう言ったレベッカはアクセルを全開に回す。

 すると物凄い勢いでタイヤが回り始めた。


「す、凄いねこれ」


「おう、改めて見てもすげえ迫力だな」


「これさ、跳ぶ前に転倒とかしそうじゃないかい?」


「大丈夫。ウチのドラテクを信じて」


「発案に関わった奴が言える話じゃねえだろうけど、これドラテク関係あるか?」


「と、とりあえず最悪の事態を想定して精霊術の準備はしておくよ」


「頼むわシオン。ほんと頼む」


「うん、任せ……」


 と、途中でシオンが黙りこんだ。


「どうした?」


「頃合いだ」


 どうやらギリギリまで相手を引き付けられたらしい。


「跳んでくれ!」


「分かった、しっかり掴まってて!」


「お、おう!」


 そして次の瞬間、メーターを振り切り高速回転するタイヤが地面に触れる。


 そして俺達を乗せたバイクは、超高速で正面方向に向けて跳んだ。




 とても綺麗とは言えない、酷い有り様ではあったのだけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る