71 突入戦 Ⅰ

 それから俺達は改めて各々がやれる事の最終確認を行った。

 特にシオンは切れるカードの数が説明しきれない程に多くて、攻撃以外にもあらゆるサポートが可能なシオンにとって、それを正確に把握しているかいないかでは天と地ほどの差があるのだろうと思う。


 滑走路の整備は必要ない。

 俺達には助走を付けずとも、トップスピードで走り出す事ができる手段がある。

 だからやれる事の確認の後は、シオンが敵を誘きだしてから飛び立つまでの流れ。それぞれの役割分担の打ち合わせ。


 そしてやがて、それらを終えた俺達は動き出した。

 レベッカはバイクの近くで待機して下準備を。

 そして俺とシオンは近くの高い木の近くへと移動した。

 その木の下でシオンは血反吐を吐きながら魔力を生成し始める。


 基本的に魔術の魔力消費量は人間の体内で貯蓄できる量よりも大きな場合も珍しくないのだが、一般的に人間は常時膨大な魔力を生成し続ける生き物らしく、それにより実質的に必要な分だけ問題なく魔力を流せる為、術式さえ正しく構築できれば魔術を行使できる。

 それをシオンはできないのだけれど……それでも小規模から中規模程度の魔術を一発打ち込める程度の貯蓄は普通の人間の通りできる。


 だから俺の回復術でリスクを軽減しつつ。更に言えば貯蓄後に完治させつつ、この作戦で使う為の魔力を事前に生成しておく事はできる。


「……終わったよ、エイジ君」


「じゃあ治療の必要が無くなったら言ってくれ。そしたら作戦決行だ」


 言いながら魔力を貯めきったシオンに回復術を掛け続ける。

 当然俺の体力は消耗するけれど、それでも戦力として俺とシオンではシオンを優先すべきで、そして消耗したからといって俺が動けなくなる訳じゃないから。

 少しでもシオンが万全な状態で突入する。これも重要事項だ。


 そしてやがてシオンが言う。


「もう大丈夫。所詮人体に収まる程度の量を生成しただけだ。比較的傷は浅かった」


「血反吐吐きながら浅いもなにもねえだろ……」


 言いながら俺は回復術解除し木の上へと登る。

 遠方にある目的地である研究所に対し射線が通るその場所へ。


「手筈通り、始めるよ、エイジ君」


 そう言ってシオンは発動させる。

 目の前に現れるのは半透明の円。

 精霊術と、精霊術が存在する事を前提に組まれた魔術。

 シオンが先程の短期間で会得した新しい魔術。


 それを目視で確認して、俺は右手でその円に触れる。


「じゃあ行くぞ。こっから俺達で、奪われた物全部奪還する!」


 そして全力で、シオンの作り出した円に向けて最大出力の突風を打ち放った。

 だけど次の瞬間、俺の巻き起こした風は何事も無かったかの様に消失する。

 その代わりに放たれる。

 超高速で光の散弾が。


 精霊術の変換。俺の出力でシオンに精霊術を使わせる。


 敵の精霊術を変換して利用出来る程都合のいい力では無いが、作戦実行前にシオンは俺の風の精霊術を、ものの三十秒程でこの術式に利用できる程度に解析したらしいから、事俺の風の精霊術には効果を発揮する。


 そうして生まれたのが、俺の出力にシオンの出力増強技術を重ねた精霊術の雨。


「当てるなよシオン!」


 ……そう。当てては駄目。

 当然だ。今現在具体的にあの建物内のどこにエルとシオンの契約精霊がいるかなんてのは分からないのだから。

 だから狙うのは、向こうが自分達への攻撃と認知してくれるギリギリ。


「分かってる!」


 そう言って、視界の遥か先にある研究所に向けた散弾を、視力に全振りした肉体強化と別の精霊術により、より遠方まで見渡せるシオンは操作する。

 そして。


「……着弾、成功だ」


「遠くて具体的にどうなってんのかわかんねえけど……すげえな」


 多分シオンの事だ。絶妙なポイントに打ち込んだのだろう。

 ほんと無茶苦茶な技能持ってるなコイツは。


「さて……ここからは少し様子見だ。計画通りルミアか向こうの連中が出てきてくれればいいけど」


「しっかしこの距離から攻撃として成立するって結構な威力だぞ」


 俺単体じゃまず無理だ。

 大剣に変えられた頃のエルの斬撃程は要らなくても、今のエルの斬撃程度の威力はいる。

 ……つまりは今の一撃はそれだけの威力があるという事だ。


「これ、今ならもしかしたら向こうの連中と二対一で勝てるんじゃないか?」


「可能性がある。その程度に留めておくべきだね」


 シオンは言う。


「今は動かない的。動かない状況だからうまくいった。だけど実践では敵は動くし戦況も動く。精霊術の操作で対応はできるけど、それでも発動までに僕が円を出現させ君が精霊術を叩き込むというタイムラグが発生する。発動した頃には設定した術式を活用できる状況では無くなっているかもしれないし、高速戦闘の中で発動が間に合わない可能性もある。実践で運用するにはまだ問題だらけだ」


「……ま、確かにそうかもな」


 俺だって紛いなりにも戦いを潜り抜けてきたし、そして俺達の様な出力の低い相手を一方的に倒してきた側だ。俺達は戦う手段を得ただけに過ぎない。それは言われたら理解できた。

 だけどだ。


「でもグランに二人掛でボコボコにされてた時より遥かにマシなのは間違いねえだろ。そう考えると少し気が楽だよ」


「まあ確かにね。一応紛いなりにも対抗策って言えそうな物ではあるから」


 そう言ってシオンは僅かに笑みを浮かべてこちらを見て言う。


「実践までに細かな調整はするさ」


「……ほんと、お前が味方でよかったよ」


 こんな奴がまともな出力で敵として立ち塞がったら、それこそ本当にどうしたらいいのか分からない。だから本当に、心強いという意味も込めて、シオンが味方で良かったと思う。

 まあ、こうして味方として戦わなければならない状況になっている事を考えると、多分実際の所はよくはないのだろうけど。


 と、そこで事態が動いた。


「お……エイジ君。やったよ。どうやらうまく行ったらしい」


「出てきたか?」


「出てきたよ。出てきて……明らかにこっちを見てるね。多分向こうも精霊術で遠くを見渡せる様になっているんだと思う。明確に僕とキミが此処で何かをやったと理解してるみたいだ……よし、動いた!」


 どうやら外に出てきた連中が動き出したらしい。


「人数は?」


「4人! グランが言った情報が正確なら向こうの霊装持ちはルミア以外全員誘い出せた!」


「マジかよ! 大成功じゃねえか!」


 言いながらこの状況に安堵した。

 果たしてグランの話をどこまで信じていいのかは分からない。だけどそれでも、これで最低限事態は好転した。

 エルを助けられる為の一歩を踏み出せた。


 そう考えていた時だった。


「エイジくん!」


「うおっ!?」


 突然シオンが俺の腕を掴んで木から飛び降りた。

 突然の出来事で混乱しながら、背を地に向けて落下する。


 そして次の瞬間だった。


「……ッ!?」


 直前まで俺達が居た場所が、眩い光線によって消し飛んだのは。 

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