45 伝えるべき事

「精霊の……存在」


 俺の言葉に一瞬驚いたような表情を浮かべてそう呟いたシオンだったが、すぐに落ち着いて何かを考えるように口元に手を添える。


「……確かにそれは僕にも知り得ない情報だよ。多分というか間違いなくルミアだって知らないと思う。」


「そうだろ? そして俺はその情報を掴んだ。これはお前と共有しておかねえといけねえ情報だ」


「……そうだね。確かにその情報は今後精霊と向き合っていく為に知るに越した事はない情報だと思うし……あの子を完全に元に戻す為の手掛かりにもなるかもしれない。正直喉から手が出る程欲しい情報だよ」


 だけど、とシオンは言う。


「それが本当の話ならだけどね」


 シオンは少し疑うような視線を向けてくる。

 それこそ何を言っているんだというような視線で。


「……エイジ君。キミが掴んだと言っている情報は、僕やルミアでも知り得ない情報だ。分かるかい? 数えきれない程多くの精霊を無駄に犠牲にしてまでその答えも探そうとしていた僕達ですら、それは雲を掴むような話だったんだ。それをキミは掴んだと言っている訳だけど……果たしてその情報は本物なのかい?」


「本物だよ」


 断言した。


「まあ疑う気持ちもわかるけどさ」


 分かってる。シオンの言いたい事は理解できる。

 シオン・クロウリーはおそらくこの世界で最も深い段階までの精霊についての知識を持っている人間だ。

 だからこの世界でシオンの知りえなかったその情報を知るという事が、どれだけ虚構を掴んだというのに等しい事なのかは良く分かる。

 ましてやその情報が、精霊を武器にするという人間が辿り着くであろう想像の斜め上をいく現象ならともかく、到達しようと明確に研究対象にして頓挫した様な物なら尚更だ。

 だけど断言できる。

 断言したくない事だけど、せざるを得ないだけの情報を、俺はこの世界に持って帰ってきた。


「……確かにお前はこの世界で一番精霊について詳しいと思う。だけど……他の世界を含めればどうだよ」


「他の世界……というとキミのいた世界か。含めればも何もキミの世界に精霊は……いや、ちょっと待て」


 シオンが何かに気付いたように言葉を止めてから言う。


「……少なくともキミ達の世界にはいるんだ。暴走した精霊を対処できる人間が。例えば……キミの友達のセイイチ君とか」


「ああ。まあ俺に情報くれたのは誠一達じゃないんだけどな」


「……でも僕にとってはそうであろうとなかとうと別にどうだっていい。確かにこの世界以外の人間ならば。その世界で精霊についての研究を行っているのであれば、十分に僕以上の情報を掴んでいる可能性はある。だからまあ、実際キミの手にした話が本当でもおかしくはないね。キミは多分本当に僕の知らない情報を持つ誰かに話を聞いたんだろう。僕の前でそうだと言えるだけの証拠と一緒にね」


「……ああ」


 俺はシオンの言葉に頷く。

 そして。シオンはしばらく黙り込んだ後、少し聞きにくそうな表情を浮かべて俺に聞いてくる。


「キミは帰ったのか。元居た世界に」


「……ああ、帰ったよ。精霊加工工場から助け出した精霊の何人かを連れてな」


「……そうか。それでキミは……」


 それだけでシオンは色々と察したようにそう頷く。


「……辛かっただろう」


「……性格捻じ曲がる位にはな。間違いなくエルがいなけりゃ首でも吊ってたよ」


 本当に、冗談抜きで。


「……エルはどうして無事だったんだい?」


「コイツのおかげだ」


 俺はシオンに契約の刻印を見せる。


「地球に辿りついた精霊の体内にはSB細胞っていうのが溜まっていくんだ。そして抗体っていえばいいのか良く分からねえけど、俺と契約しているエルにはそれを除去できる力が備わっていた。だから他の精霊と違って暴走しなっかったんだ」


「SB細胞……か。命名したのはキミの世界の人間だからその名称を聞いたのが初めてなのは当然だと思うけど……それでも体内に蓄積する溜まれば暴走に至る何かやそれに対する抗体。それは僕の知らない事だね」


 でも、とシオンは俺に問う。


「だとすればどうしてキミはこの世界に戻ってきた。どう考えたってキミやエルにはこの世界に戻ってくるメリットなんてないだろう」


 至極ごもっともな問いだと思う。

 少なくともエルは無事だった。そしてこの世界に戻ってくるメリットなどどう考えたってない。だとすれば俺が此処に居るのはおかしいのだ。

 だけど理由があるから此処にいる。


「結局、人間と契約したエルでもSB細胞を完全に抑える事は出来なかった」


「……暴走したのか?」


「……自力で持ったのは半月。そこからは薬の力で抑えてたらしいんだけど、それも半月で限界が来た。そこからはまあ……最悪だったよ。暴走して自我を取り戻す。その繰り返しだ。俺も殺されかけたし、エルには俺を殺しかけている自分を見せる事になった。加えてそんなエルの状態を完全に元に戻す術は無かった」


「……それで、戻ってきたのか」


「ああ。戻り方も分からねえ。タイムリミットはある。そんな状態から色んな人に助けてもらってなんとかこの世界に戻ってきた。俺がどうして戻ってきたのかって言われればエルの命を繋ぐ為だ」


「色々な人に助けてもらって……か。精霊を助ける為にそうやって人間が動く。理想の世界だよ。きっとこの世界の歪な人間よりも、キミの世界の人間は正しい存在なんだろうね」


「……」


 俺もそう思うよ。

 だけど違うんだシオン。


「……どうかしたかい? エイジ君。僕が何か変な事でも言ったかい?」


「いや、まあ……なんて言えばいいんだろうな……まあ、とにかく話を戻そう。だいぶ逸れた。精霊とは一体どういう存在なのか。その情報を俺が掴んだ。そういう話だった筈だろ」


「あ、ああ……でもまあこのままキミの世界の話も聞きたい気もするけど。正直疑問点は山程あるんだ。……でもまあ、キミの言う通り元の話に戻そう。キミが僕に伝えたい事は、レベッカに聞かれるとマズい事なんだろう?」


「ああ、そうだな。無茶苦茶マズイ。絶対に言えねえよこんな事」


 そしていざ今から言おうとすると、正直な話シオンにも言いにくい。

 それでも超えなければならないんだ。

 それをシオン・クロウリーに伝えることで。

 この胸糞悪いどうしようもない現実を突きつける事で。


 結果的にそれが精霊を救う事に繋がるかもしれないから。


「だったら彼女が戻ってくるまでに済ませてしまおう。さあ、教えてくれないか? キミの掴んだ情報を」


「……ああ」


 だから、一呼吸だけおいた。

 その誰かに言うだけで。口にするだけで嫌悪感が出る様な事を言うための、覚悟を決める為に。

 そしてようやく言葉を紡ぐ。


「結論だけ先に言うとな……精霊は資源だった」


 そう言った直後、シオンの目が見開いたのが分かった。

 そして……俺の胸倉に向けて、右手が勢いよく伸びてきた。

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