ex ただそれだけの願いの為に
立ち止るな。
絶対に立ち止るな。
返り血を浴びながら、そうやって必死に戦場を走り抜けた。
周囲の戦況を考察し、エイジが刺されたポイントと照らし合わせて山を張ってそこに向けて突き進む。
途中遭遇する敵への対処は最小限に。
勢いを殺さず攻撃を放ち、敵の攻撃は掻い潜り。
「……ッ!」
止められない程度の攻撃ならば、全て受け止めた。
(……大丈夫)
受け止めた攻撃ではエルは止まらない。
だがそれでもその全てが普通なら悶え苦しむ程の激痛で、すぐにでも治療を行わなければならない程の重体で。
途中腹部を霞めた攻撃で負った傷口からは血液が流れ出し、受けた攻撃でバランスを崩し地面を転がった影響で全身そこら中に打撲を負っている。折れている骨もあるかもしれない。
それでも動けるなら。
まだ何も終わっていないなら。
(……大丈夫ッ!)
まだ止まるわけにはいかない。
涙を浮かべてでも。歯を喰いしばって突き進む。
だけど。
だけど、仮に到達できたとして。
そこに殺すべき人間がいたとして。
一体何ができるつもりだったのだろう。
一体どんな可能性がそこにあると思っていたのだろう。
予想していた。エイジを刺した人間のすぐ近くにはその人間を守れるような人間が控えていると。
それがあの結界を操る男かもしれないということを。
(……見つけた)
それはある意味奇跡だったのかもしれない。
ある程度的は絞って。それでもそこに目的の相手がいる可能性は低くて。
だから到達した地点に自分が殺すべき相手がいたのは紛れもない奇跡だ。
だけど、そこにいただけ。
奇跡があったとすればそれまでだ。
予想通り。最悪の予想通り……そこには結界を操る男がいて、そして人間とドール化された精霊のペアが一組。倒すべき相手を含め、そこにいた敵の総数は3人。
それだけで明らかにエル一人が対処できるキャパシティを超えていて、そしてエルはこの地点に向けて敵を掻い潜ってきたのだ。後ろからエルを討つ為に攻撃してくる人間もいるかもしれない。
そして。
例対峙すべき相手がその結界の男一人だったとしても――
「見つけたああああああああああああああああああああッ!」
――エル一人では話にならない。
「……ッ!?」
敵の正面に躍り出ようとした次の瞬間には、もう結界の男が剣を作りだして凄まじい勢いでエルの前へと躍り出てきていた。
……その速度は正面から対峙しただけで戦意を削がれる様な。
きっとこれまで自分を剣に変えて、刀に変えてエイジが纏ってきた速度で。
そしてその速度から振るわれる攻撃がどんなものかも良く分かる。
それが。
まともに防ぎようがない出力の暴力が、エルに向けて振るわれた。
「……ァガッ!?」
そんなどこから絞り出てきたのか分からない様な声が漏れると共に、薙ぎ払われた骨が砕かれる音が聞こえた。
視界が一気にぶれ意識が飛びそうになり、そして体が勢いで浮いて投げ出される。
そしてまるで金属バットで打ち返された野球ボールを打ち返したように何度も地面をバウンドして大木にぶつかる事でようやく止まる。
そう、止まった。
此処まで走り抜けてきたエルはそこで止められた。
エルが目的地に到達して敵を発見してから10秒にも満たない出来事。
そんなにあっさりと。何もできないまま止められた。
「……ぇ……ぁ……」
あの場に辿りつくまでにも何カ所にも大怪我を負っていて。そして……エルを大剣へと変えたエイジの薙ぎ払いに匹敵する一撃をモロに喰らった。
全身には激痛が纏わりつき、口からは血液がこぼれ、視界も掠れて揺らいでいる。
もしかすると、生きている方が不思議な状況なのかもしれない。
それでも、動く気力はあった。
こんな所で立ち止れない。
死ぬわけにはいかない。
まだ何もやってない。
(……立たないと。立たないと、エイジさんが……)
まだ……殺すべき相手を殺していない。
救うべき相手を。助けてあげたい相手に何もしてあげられてない。
……だから、立ち上がろうとした。
……だけど気力に体が付いていかない。
「……ッ」
今までだって何度も大怪我を負ってきた。
それでも動けたのは所詮大怪我と言ってもその程度のものだったということだろう。
今は、もうまともに体が動かない。
……それでも。
「う……ッ」
息を粗くしながら、なんとか全身に力を入れて立ち上がろうとした。
諦めずに。
何度も。
何度でも。
……だけど今更なんとか立ち上がった所でどうしようというのか、自分でも分からなかった。
意識が朦朧として、もう既に自分に止めを刺す為にあの結界の男が立っている事を今この瞬間まで気付かない様な状態で一体何ができると。
そう、思って。
その答えは出た。
(……駄目だ)
自然とそんなどうしようもない答えが脳裏を過った。
もうどうにもできないと。どうする事もできないまま終わるんだと。
そんな答えが導き出された。
実際もうまともに戦える様な状態じゃなくて。多分きっと、自分が怪我一つない万全な状態だったとしてもどうする事も出来なくて。
……そもそも自分がやろうとしている事が投身自殺の様な悪足掻きだという事は初めから理解できて。
だからきっと。間違いなくなるべくしてこうなって。どこかでこうなると思っていたからこそあっさりとその答えは浮かんできて。
だけど……それでも。
(だけど……だからどうした)
……諦められるわけがない。
諦めるつもりなどない。
だから、もっと強い力がいる。
気が付けば自然と理解できていた。
今まで自分が使ってきた力がいかに脆く弱い物だったのかという事も。
一体自分がどんな力でエイジを半殺しにまで追い込んだのかという事を。
……そんな力を一体どうやって引きずり出していたのかという事も。
禍々しい雰囲気を纏ったエルには……その全てが手に取るように理解できていた。
そして彼女は口にする。
目の前のどうでもいい誰かにじゃない。
「……うな」
この理不尽な世界に向けて。
「私からエイジさんを……奪うなああああああああああああああああああッ!」
自らの願望を叫び散らし、エルを中心に暴風が吹き荒れた。
突然起きた異変に男は思わずという風にバックステップで距離を取る。
目の前で起きている事がまるで理解できないという様な表情で。
そしてその暴風の中心で、再び君臨した風神は動きだす。
今度は殺す為じゃない。
エイジと共に生きたい。ただそれだけの願いの為に。
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