25 蝕む物
後方支援班が待機していた地点まで戻ってくると、既に大怪我を負った精霊が大勢運ばれており、回復術による治癒を担当する精霊が忙しそうに走り回っていた。
……まだこの短期間でこの有り様だ。きっとあの銃の男や結界を剣に変える男以外にも複数人同等の力を持つものが存在していて猛威を振るっているのだろう。
そして俺達がここに戻ってきた事にまず最初に気付いたのはハスカ達のグループの後方支援班の一人、アリスだった。
「だ、大丈夫っすか!?」
慌ててアリスがこちらに駆け寄ってくる。
「エイジさん、一旦下ろしますよ」
「……ああ」
エルの問いかけにそう答えると、エルは俺をその場の平らな地面に仰向けで寝転がせる。
もうその頃には殆ど体が動かなくなっていて、霞んだ視界では碌に何も捉える事ができない。
精霊が大勢いたというのもぼんやりそう認識できるだけで、俺達の元に駆け付けたのがアリスだと認識で来たのも、その声と特徴的な喋り方によるところが大きくて、多分それがなかったら誰なのかもわからなかったのかもしれない。
「一体怪我の具合はどん――ッ」
アリスの息を呑む声が聞こえた。
普通に考えて俺の負った怪我は致命傷だ。
それでもまだ生きながらえているのはエルの肉体強化の精霊術がそういう類だからで、端から見ればいつ死んでもおかしくない様な怪我だ。だからそんな反応も理解できる。
そして次の瞬間にはエルが回復術を展開していた。
「多分エイジさんは毒に掛かってます! 誰か此処に解毒できる精霊術を使える精霊は!?」
「わ、私がやれるっす!」
「じゃあ私が延命処置しますんでアリスさんは毒を!」
「りょ、了解っす!」
そう言ったアリスも精霊術を発動させる。
……それがなんとなくどういった術かは理解できた。
多分俺がアルダリアスの裏路地でシオンに助けられた時に、俺に掛かった毒が一体何かを調べるための精霊術と同じような物だと思う。
……偏に毒と言っても千三番別。一纏めにできるものではない。
麻痺毒や致死性のある毒というのはあくまで大雑把な枠組みにすぎず、その中で更に細かく多くの毒の種類があり、それに応じた治療方法を。血清の投与を行わなければならない。
そして精霊術や魔術によって与えられる毒は、実際に掛かってみるまでは使った本人以外はその毒の正体が分からない。
故に魔術や精霊術でその毒がなんであるかを調べ上げる事が重要となってくる。
「……ッ」
そしてどうやらそれは難航しているようだった。
あの時シオンはほぼ一瞬でそれを終えたがやはりそれは天才であるが故の結果だったのだろう。
きっとそれは本来難しい事の筈なのだと、中々それが終わらない現実を見てそう思う。
……そう、思っていた。
だけど……それは違う。
根本的に、何もかもが違っていた。
「……」
アリスが突然精霊術の使用を打ち切った。
……解毒できたのだろうか。体に毒が回っていようが回っていまいが、現状体力を消耗しきっている状態には変わらなくて、きっと毒が抜けても症状はすぐには改善しないだろうから、正直な所分からない。
「……げ、解毒できましたか!?」
エルが俺の延命措置を続行させながら、慌てた口ぶりでアリスに問いかける。
そして。そうして返ってきたアリスの言葉は妙に落ち着いていて。
……それは例えるならば、余命宣告をする医者の様で。
「……じゃないっす」
「……え?」
「……毒じゃないっすよこれ」
「毒じゃ……ない? だったら一体――」
「分かんないっすよ! だけど、何の毒か分からないとかそういう事じゃなくて、毒じゃないって事は分かったっす」
それは本当に前提を覆すような言葉だった。
毒じゃない。だとすれば一体これはなんなんだ。
そう、考えて。一つの可能性に辿りついた。
「……呪い、か」
池袋で過ごした一か月の間に受けた特訓。
その過程で一体俺の回復術がどこまでの効力を持っているかという話になった時がある。
その時俺は素直に体の損傷した箇所を治したり不足した血液の生成とかだと思うと、今まで行使してきた時の事を思いだしながらそう答えた。
するとその時誠一の兄貴から尋ねられた。その回復術で毒の治療や呪いの解呪はできないのかと。
毒に関してはエルから精霊術のレクチャーを受けた際に無理だと答えられた。だからそれらしい攻撃は本当に危険だと、そう言われた。
だけど精霊術の話をしていた際に呪いという単語が出てきたのは初めての事だった。
その事について尋ねると、毒と違い絶対数が少ないレアケースではあるが、暴走した精霊がそういう精霊術を使ってきたケースもあるらしい。
効果は様々だがとにかく、解呪の方法は三つ。
まず一つは術者から大きく距離を取るか。
これに関してはかなり無茶らしく、理論上地球から月位まで移動しなければその効果範囲から逃れられないという実質的に不可能な方法。
二つ目は解呪の魔術で呪いを解呪する方法。
これもまた掛けられた呪いのレベルにもよるが、中々難しい事だという。
そして最後の一つ。確実で最も手っ取り早い現実的な方法。
術者にその呪いを止めさせるか。
即ち……殺すか。
精霊術によって行われる呪いも、人間の魔術によって起こる呪いも。基本的にはそういう類の術式らしい。
今にして思えばイルミナティの男から受けた口封じの魔術もカテゴリとしては呪いの……呪術の一種だったのかもしれない。
それが異世界転移という大きな距離を稼ぐ行為を行った事により強制的に解呪された。
だとすれば色々と納得がいく。
そして毒でないとするならば。精霊との多重契約というイレギュラーでもなく、回復術でどうにもならない怪我以外の何かだとすれば。
考えられるのは呪いしかない。
そんな異世界まで飛ばなければ解呪されない様な強力な精霊術しか考えられない。
……ああ、そうだ。だとすれば納得だ。もっと早く気付くべきだったんだ。
一体あの時、どうして敵が俺を追ってこなかったのかを。
簡単だ。距離を離さなければならない。
術者が殺されて解呪されないように。
「……呪い」
そしてアリスはその解呪の仕方は分からなくても、そういう精霊術が存在する事は知っていたらしい。
アリスは立ち上がって周囲の精霊に向けて言う。
「誰か解呪の精霊術を使える人いないっすか!」
……だけどその言葉に手を上げる精霊はおらず、それどころか解呪という行為、そして呪い自体が何なのか分からないという風に取れる様な言葉が聞こえてくる。
そして一つ聞きなれない声が。恐らくハスカ達のグループ以外の精霊がアリスに言う。
それは治療する相手が人間だからという訳ではなく、とても真剣な言葉。
「そもそも呪い自体、ほぼ使い手がいない希少な精霊術よ。それを解呪する為の精霊術だって同じ。そんなの私達だけじゃなく、此処にいた全員に聞いてもいるか分からない」
「……ッ」
その言葉に、エルが息を呑んだのが分かった。
そして俺達に向けてその精霊は、おそらく唯一の解決策を提示する。
「だから……どうにかしようと思うなら、それをやった奴を殺さないといけない」
そう、その精霊が言った時だった。
とても。とても嫌な予感がした。
それはきっと何としてでも阻止しなければならなかった最悪のケースだ。
「……アリスさん、回復術、変わってもらっていいですか」
エルがそう言って立ち上がった。
拳を強く握り絞めて。
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