4 世界の真理に挑む者 下

「……話をしてどうするつもりだ」


 突然親友の名前を持ちだしてきたナイルに問いかけると、当然の事を言うようにナイルは答える。


「どうするもなにも、今こうしてアンタと話してるのと基本的には変わんないっすよ。まあ何か違う事があるとすれば、その二人は俺やアンタと違って完全に振りきってる側の人間だ。きっと話せば得られる物は多い筈っす」


 確かにナイルの言う通り、その二人から得られる何かは自分の様な人間とは比べものにならないだろう。

 それが得ていい物なのかは分からないけれど。

 でも、とにかく。これだけは言っておきたかった。


「別にテロリストの事はどうでもいい。だけどシオンにはあまり干渉してやらないでくれ」


「それまたどうして」


「それは……その……」


 言葉の続きが出てこなかった。

 何を言おうとしたのかは分かる。

 これ以上シオンの人生を無茶苦茶にしないで欲しいと。

 一か月前、シオンに接触した事を口にしたテロリストに悪影響を与えるなと激怒したりという風に、そういうおかしな思想を持つ人間が、大きく道を外れてしまっているシオンに更なる悪影響を与えることを懸念して、反射的にそう言おうとした。

 だけど言葉の続きが出てこなかったのは、それが本当に悪影響だったのか分からなくなっているからだろう。

 ナイルが仮に接触したとしても。そしてそれ以前にテロリストが接触した事でさえも。シオンにとってはいい影響を与える巡り合わせだったのかもしれない。


「俺は多分、俺みたいな奴が積極的に干渉してやらないと駄目だと思うんすけどね」


 故にその言葉の否定も出てこない。

 そしてそんなカイルにナイルは言う。


「例え僅かでもいいっす。誰にも理解されない大切な何かをほんの一ミリでも理解してくれたら、人間ってのは泣きたくなるくらい嬉しいものなんすよ。そう思わないっすか?」


「……そうだな」


 それには頷けた。それはきっと間違いのない話で、本来親友である自分がその立場に立っていなければならない筈だ。

 ……その筈なのだ。


「だったらwin-winの関係っすよ。俺は知りたい情報を知れて、シオン・クロウリーは同類に近い人間を見つけられる。もしかするとこんなのは俺のエゴかもしれないっすけど、それは双方にとってとても価値がある事だと思うっす」


 それはきっとエゴではなく事実なのだろうとカイルは思う。

 果たして今時分に見えかかっている世界が。シオン・クロウリーが見ている世界が、この先も見続けていい世界なのかは分からない。無理矢理にでも軌道修正をするべきで、それを増長させるような存在とは出会ってはならないのかもしれない。

 だけどどういった結論にせよ、今のシオン・クロウリーが孤立している事に変わりはない。


 だとすればきっと誰かが干渉するべきだ。

 そうでなければいずれ潰れる。

 寧ろ今まで潰れていなかった事が不思議な程なのだから。


「それでシオン君はこの近くにいるっすか? いるなら会いたいんすけど……でも今の状態のアンタが見ず知らずの俺なんかといることを考えれば多分いないんすよね」


「……そうだな。アイツは此処にはいねえよ」


 ナイルの言う通りだ。

 もしもシオンがいたならば、きっと目の前に居るのはナイルではなくシオンだった筈だ。

 だがシオン・クロウリーは此処にはいない。自分が引き留めず、着いていく事もできなかったから。

 自分がまだそのどちらの選択も取れない人間だったから。


「あーそりゃ残念っすね。まあ此処にいた所で俺が実際顔を合わせに行ける勇気があるのかは分からないっすけど。もしいるのが例のテロリストとだった場合も同じく。あ、いや、テロってる方が難しいか」


 ナイルはそう言って軽くため息を付いた後に言う。


「まあとりあえずもし次にシオン君に会ったら、こういう奴がいたって伝えておいてほしいっす」


 そしてそれから諭す様に言葉を続ける。


「後はそうっすね……そん時は今のカイル君の事、伝えてあげりゃいいっよ」


「……今の自分の事をか?」


「そうっす。多分それが一番アンタの為にもなるし、シオン君の為にもなると思うっすよ。躊躇いはあるかもしれないっすけど、それでも」


「……」


「その時それを話した上でシオン君を止めるかどうかはアンタ次第っす」


「……俺は」


 きっと、次にシオンと会うまではある程度の時間を要するだろう。

 そして大体の心理的な問題はある程度は時間が解決してくれる。結局その時も分からないことだらけだろうけど、少なくとも精霊を資源として見るかどうか、そのどちらかに傾き出しはする筈だ。

 ……果たして。次にシオンとあったとして。自分は当初の目論見通りの彼の行動を止めるのだろうか。

 それともその為にこうしてねじ曲がった世界の見方をしているのにも関わらず彼を肯定するのか。

 その答えは今の自分にはわからない。

 どうなるべきなのかも。

 本当は自分はどうしたいのかも。


 そんな時、端から見ればわけの分からない話をしている二人のテーブルに店員が料理を運んできた。

 そしてそんな店員にナイルは言う。

 それはどう考えたっておかしな言葉。


「あ、店員さん。お冷あと二つ貰っていいっすか?」


 今はもうあまりおかしくは聞こえない言葉。




「いや、貴重な話を色々聞けて良かったっすわ」


「こちらこそ。色々と参考になった。ありがとう」


 昼食を終え、別れる事になった二人はそんなやり取りを交わす。

 料理が出てきた後は、お互いの精霊に対する見解を語り合う様な時間が続き、結果的にカイルはどちらかに振りきれた訳ではないにしても、それでもどこかの方向に向けて一歩踏み出せたのは間違いなかった。

 だから今日、目の前の男に出会えて良かったと思う。


「じゃあシオン君によろしく言っておいてくださいっす」


「ああ。そういう奴がいたこと位は伝える」


「まあそうなったらきっと、アンタ自身もそういう奴なんすけどね」


「まあそうだろうな」


「まあよろしく頼むっすよ」


 そう言った後、一拍空けてからナイルはポケットから何かを取り出す。


「あとこれ、渡しておくっす」


「なんだこれ」


 手渡されたのは折り畳まれたメモ用紙だった。

 そこを開くと地図と合言葉のような物が記されている。


「地図……なんの地図だこれ」


「集合場所っすよ。俺やアンタみたいのが集まる」


「集合場所……俺みたいな奴の?」


「そうっす。とりあえず俺はそのメモを信頼できると思った相手に渡しているっすよ」


「なんのために……何しに集まろうってんだよ。エゴールの被害者みんなで集まって意見交換でもすんのか?」


 意図が分からず憶測でそう問いかけると、ナイルはいや、と否定する。


「集合は一年後。それまでにアンタが精霊の為に何かをしようと思えたらこの場所に来るとはいいっすよ」


「何かをしようと思えたら……お前」


 不思議と想像が付いた。

 そしてそれに紐付けされるように指名手配犯のテロリストの動機が読めた気がした。


「精霊を逃がすためにテロとか起こそうとしてんじゃねえだろうな」


「……他に人間が精霊にしてやれる事なんてあるっすか? 少なくとも俺にはあのテロリストがやろうとしたであろう考え以外には思い付かねえっす」


 隠すことなくナイルはそう宣言した。


「まだ精霊が資源に見えなくもない様な半端者だし、そもそも俺は誰かの為に何かをやろうなんて思うようないい奴じゃねえんす。割りとドン引きする位の糞野郎なんすよ」


 それでも、とナイルは言う。


「そんな糞野郎でも何とかしねえとって思える位にはこの世界は歪っすよ。ほんと、柄じゃねえんすけどね。せっかく不起訴処分になったのになにやってんなか」


 最後によく分からない事を言ったナイルにカイルは問う。


「お前、話をするのが目的っつってたが、実際は仲間集めが目的か」


「実は半分程は。残り半分は本当に話をしたかっただけっす」


 そして一拍空けてからナイルは言った。


「まあ強制はしないっすよ。全てはアンタ次第っす」


 そう言ってナイルは踵を返す。


「一年後、アンタと再開できる事を願ってるっすよ」


「あ、おい!」


 それだけを言い残し、ナイルは自身の契約精霊と共に立ち去っていく。

 そしてその場にはカイルとカイルの契約精霊だけが残された。


「……精霊の為に何かしようと思えたら、か」


 そんな事をするべきなのか。今はそれすらも分からないけれど。


(……俺は、コイツの為に。コイツら精霊の為に何かをするべきなのか?)


 瞳に光が灯されていない、ドール化された精霊に視線を向けながら、カイルは自問自答する。

 だが当然のように答えは出ない。自分はまだその段階にまで到達していない。

 だからすがるように問いかけた。


「……シオン、俺は一体どうすればいい?」


 ここにはいない親友へと。



 今まさに精霊の為に何かをしようとしている親友へと。


















 そして同時刻。精霊の為に動きだした人間が一人。


「……覚悟を決めろ、シオン・クロウリー」


 自身を鼓舞する様にそう言って、世界で最も精霊を傷付けてきた神童が動き出す。

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