ex ブレーン
目の前の男と戦うのは得策ではない。
土御門誠一がそういう結論に達するまでそう時間は掛からなかった。
「まあ握れるものなら握って連れ帰り拷問でもしてみるがいい。そちらの戦力や状況を把握して態々キミ達の前に立つ人間から主導権を奪えるようならな」
目の前の相手がこちらから炙り出した相手であれば、そういう判断はしなかったのかもしれない。
なにしろ可能であるなら関係者を炙りだして情報を掴もうとしていたのだ。それを拒まれて戦闘になった場合の事も考えてはいたし、この場も相手に流されずに捕縛し情報を聞きだすべきだという考えも当然あった。
だけどこちらから炙りだしたのではなく、向こうから接触してきたのであれば話は別だ。
まず大前提として自分達が突き止めるべき元凶は、絶対に自分達のような人間に見つかってはいけない存在の筈だ。見つからない様な隠蔽を施しているの程なのだから、それは徹底していなければおかしい。そうでなければ今頃とっくに自分たちの戦いは終わっている。
それなのにこちらに接触してきた。その根本的な目論みは分からないが、それでもその行動の中でこちらに捕縛されるようなされるような事は確実に避けたいのは間違いないだろう。そうなれば無理矢理にでも情報は引き出され、全ての事が露見する。
そうならない為に男は素性を明かさず近づいたのかもしれないが、それにしても大きなリスクがある事には変わりなくて、茜が魔術によって犯人であるという憶測の裏付けを取らなくとも、こういう状況に陥っていた恐れは十分にあった筈なのだ。
だからそうなった時の為に……計画が頓挫した時の為に。そういう状況に陥った場合の対策も容易してある事だろう。
だとすれば……そこから先はもう男の言葉の通りだ。
男はこちらの情報、即ち戦力を把握している。それ故に確実に鎮圧できるだけの戦力がどの程度かおおよそ把握している筈だ。
そして事を知った人間を自分達……最悪潰してしまえばそれ以上情報が拡散される事のない相手に留めなくてはならない。
その上でこの場に立っているのだとすれば……それだけの戦力を用意しているとみた方がいい。
その片鱗は既にこの目で確かめた。
「もっとも……約一名ノリ気ではないようだが」
当然だ。
目の前に全ての元凶がいる。正直な話を言えばその顔面に全力で拳を叩き込んでやりたい気分だった。
だけどそれがどれだけ難しい事なのかを理解する事は簡単だ。そんな状況で怒りに身を任せる事を拒んだら、そこに気力は沸いてこない。
少なくとも目の前の男一人だけが相手だったとしても、土御門誠一と瀬戸栄治では歯が立たないかもしれない。
茜に刀を振るわれて涼しい顔をしている男からは、この状況から茜が本気で男を殺しに掛かってもそれに対処できる様な雰囲気を漂わせているし、実際それが単なるポーカーフェイスでない事は半ば不意打ちの様に放たれた栄治の拳を片手間の様に掌で防いだ事からも言えるだろう。
とにかく相当な実力者である事は間違いないのだ。
それに、目の前の男は会話の随所で我々という言葉を使っていた。加えて……相手は用心に用心を重ねる様な行動を取らなければおかしい相手だ。十中八九仲間が建物内に……もしくは建物周辺にも潜んでいると見たほうがいいだろう。
(……くそ)
考えれば考える程に状況が悪く感じられる。
感じるからこそ少しでも状況を動かさなければならない。
「茜、刀を下げろ。栄治、お前もだ」
とにかく二人にそう声を掛けた。
だけどそんな言葉を掛けられて二人がそう簡単に納得しない事もまた分かっている。
案の定まずは茜が反発の声を上げた。
「何言ってんの誠一君!?」
「茜!」
それでも押しきる事にした。押しきらなければならなかった。
「なあアンタ……お前以外にもこの場に仲間が大勢いるだろ。少なくとも俺達を簡単に潰せる位の戦力携えて俺達に接触してきた。違うか?」
……この言葉は問いかけであると同時に、茜と栄治にこちらの意思を伝えるための言葉だ。
普通に考えて誠一の発言は突然弱気になったとしか思われない様な発言だ。実際勝てないと判断しているのだから弱気ではあるという判断も間違いではないかもしれないが、決してそれだけでは無いという事を伝えなければならない。
そうでなければ戦いが始まる。始まってしまえば最悪こちらに死人が出る。
向こうは結果的に三十億人近い人間が犠牲になった多発天災の片棒どころかその全ての元凶だ。根本的な部分で味方である天野宗也との戦いとはまるで状況が違うのだから……向こうに躊躇いなどはない。
そして男は誠一の問いに答える。
「当然だろう。私がキミ達に捕まる様な事態が起きてはならない。加えて片鱗だけでも情報を掴んだキミ達を簡単に逃がす訳にもいかないのでね。全てに置いて何重にも対策はしてあるさ。でなければ……キミ達に接触なんてできはしない。中々に察しがいいなキミは。さしずめキミ達のブレーンと言った所か」
そんな男の嬉しくもない称賛の言葉に一拍空けてから茜が動いた。
「……嘘じゃない、か」
言われて周囲を探ったのか、茜がそんな言葉を口にする。
今この状況で一番信頼できるのが最も魔術に長けている茜の言葉だ。だとすれば誠一の考え通り。男の言葉通り、対策は何重にも張られている。
茜もそうして状況をりかいしたのか、警戒しながらも刀を下げた。どうやらここで戦うべきでは無いと分かってくれたらしい。
そしてテーブルの上を一歩下がりながら茜は言う。
「……ありがとう、多分命拾いしたよ」
茜は誠一にそう言って警戒しながらも、そこから先に何かをしようとする素振りは見せなかった。
それに安堵すると同時に……こういう状況における一番の不安要素が動いた。
瀬戸栄治。
彼は誠一の言葉に以外にも声を返さなかった。だが常に感じた事の無いような殺伐とした雰囲気を纏っていて、最後にこちらに見せた表情からは、まるで「だからどうした」とでも言われているかのようで、実際に栄治はそう思ったのかもしれない。
瀬戸栄治の精神状態は非常に不安定だ。
その原因は彼が行動を共にした精霊の死が原因だ。そしてその状況から救い上げようとしている精霊も窮地に陥っている。
その原因の一端が目の前の男だとすれば……瀬戸栄治はもう自分の意思では止まれない。
だから動いた。動かない右腕を垂れ下げながら、左拳を握って。
その拳に。その表情に。
「……ぶち殺す」
その言葉に殺意を込めて。
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