39 扉の向こう側
誠一と男のやり取り。そして宮村の行動。
動きを止め、それらを目にした俺もどこかで誠一の判断は間違っていないという事は分かっていたのだと思う。そう思う位には男の強さや周囲にいる仲間の可能性を把握していたのだと思う。
……だけどそれがどうした?
「……ぶち殺す」
改めて目の前の男を視界に捉えた。
お前の所為でナタリアが死んだ。
お前の所為でアイラが死んだ。
お前の所為でヒルダが死んだ
お前の所為でリーシャが死んだ。
「みんな……みんなお前の所為で死んだんだ」
お前の所為で……エルだって。
「てめえは此処でぶち殺す!」
気が付けば左手に風の塊を作っていた。
今の俺が放てる最大火力の一撃。それを目の前の男に叩き込んでやろうと。
殺してやろうと、本気でそう思っていた。
そう思う位には、目の前の男に対する激昂で碌に思考回路を回せていなかったんだと思う。
「茜!」
その瞬間誠一が声を上げたかと思えば、俺と男の間にあった僅かな空間に分厚い結界が張られた。
男に向けて伸ばされかけていた左手は自然とそれにぶつかり、衝撃と破砕音と共に結界に罅を入れて止められる。
何で止めるんだと、宮村に視線を向ける。
するとまず最初に視界に入ったのはこの結界を張った宮村よりも、テーブルを跳び越えこちらに移動してきた誠一だった。
そしてその誠一に再び動こうとしていた所を抑え込まれる。
「何すんだ誠一! 離せよ! 俺はアイツを!」
「殺すってか!? ふざけんな自分が何言ってんのか分かってんのか! 人を殺すっつってんだぞお前は!」
「だってアイツは!」
「それに殺したら何も情報を聞きだせないだろ! お前は敵討ちをしに来たんじゃない! エルを助ける為に動いてんだろうが!」
「……ッ!」
「もしお前が死ぬような事があってみろ! お前が死ねば契約が切れてエルば確実に暴走する! そうなればエルも死ぬんだぞ! だったら感情に任せて動いてんじゃねえ! 今のお前じゃアイツに勝てやしねえんだ! エルを死なせたくねえなら今は一旦落ち着け!」
「……クソッ!」
大声で叫んだ。
誠一の言っている事は正しい。誠一の言葉を聞いて少しづつ理性が戻りつつある中で、俺がやろうとしていた事が自暴自棄に等しい事だと脳が理解し始める。
……俺がやろうとした事がエルを追い詰める事になりかねないと、少しずつ理解してくる。
だから抵抗は止めた。止めたけど。
「……」
だったらこの感情はどこにぶつければいい。
皆を殺したのは他ならぬ俺だ。だけどその原因を作ったのはコイツなんだ。
そんな奴が目の前にいて、俺は何もできない。
……それが悔しくて仕方がなかった。
だから……いずれだ。
全部終わって。エルを無事助けられたら。
その後は、コイツを。コイツらを探して殺してやろう。
「……悪い誠一」
とりあえず誠一には礼を言っておこう。
止められなければ。俺は多分本気でコイツを殺そうとして、殺されていたかもしれない。
そして誠一は俺の言葉に頷いた後、再び男に視線を向ける。
「で、俺達はどうすればいい」
「とにかく私についてきて欲しい。だからまずは周囲に張った結界を解いてくれると助かる。力技で壊せというなら壊すが、どうだろうか」
「茜」
「分かってるよ」
宮村はそう答えて先程張り巡らせた結界を解除する。
「素直な対応に感謝するよ。では行こうか」
「……拘束とかはしねえんだな」
「それがお望みならそうさせてもらうが」
「いや、いい」
「なら結構だ」
そう言って男は歩きだし、俺達もそれに付いていく形になる。
「一応言っておくぞお前ら」
誠一が俺達にしか聞こえない様な小さな声。あるいは俺達にしか聞こえなくした様な声で言う。
「本当にヤバイと思ったらなりふり構わず全力で逃げろ」
俺はその言葉に頷き視線を動かし店内を様子を改めてみると、まるで俺達が動いたのに合わせる様に何人もの人間が立ち上がり動きだす。アイツらが誠一達が言っていたこの場にいる仲間か。
……アイツらも同じだ。顔は覚えた。
全部終わればアイツらも探し出す。探し出して殺してやる。
「ああ、そうだ」
男が思いだした様に俺達に言う。
「会計はウチの者にやらせておくよ」
「いや、どうせ出る時レジの前通るだろ。会計位自分達でする」
「いや、通らない」
そう言って男はそのまま何事もないように、ファミレスのバックヤードへと進んでいってしまう。
……まさかファミレスの中にアジトが、みたいな馬鹿みてえな展開じゃねえだろうな。
「……一体どこに連れていく気なのかな?」
「時期に分かる」
俺達が堂々と中に入っていっているのに、店員はなんの反応も示さない。
だから俺達はあっさりとその場所に辿り着いてしまった。
「さて」
そして男はその場所で立ち止る。
目の前の扉の上には男子更衣室と書かれていた。
「ふざけてんのか?」
思わず誠一がそんな言葉を口にするが、今更ふざける様な状況ではないし、そして取り巻きの仲間も俺達の周辺に集まってしまっている。
だとすれば此処が目的地なのだろう。意味は分からないけれど。
そして誠一の言葉に男は答える。
「まあ確かにそう思うのも無理はない。だけどまあこれを見てほしい」
男は懐から明らかに更衣室のソレじゃない美術品の様な鍵を取りだした。
そしてそれを鍵穴に差し込み、扉を開く。
「……ッ」
「これを見てまだふざけていると思うか?」
扉の向こうの景色は明らかに更衣室のソレではなかった。
その光景を一言で言うならば、大人の雰囲気がするバーというべきだろうか?
こんな場所がファミレスの中にあるわけがなくて。それでも目の前にそういう場所が広がっているのは事実だ。
俺達がそんな風に言葉を失っていると、それを見兼ねるように男は俺達に言う。
「今更この程度の事で驚くな。現実的にお前達の魔術にも空間を転移する術式はあるだろう。それに……別の次元。異世界に行き戻ってきた者もいるんだ。今更この程度の空間転移で驚かれては先が思いやられる」
そう言いながら男はその中へと入って行き、俺達も今更引けずにその中へと足を踏み入れる。
本当に全く違う場所へと足を踏み入れた、そんな感じだった。
俺達と一緒に付いてきた男の仲間が扉を閉めると、本当に自分達がつい先程までファミレスに居たという事を忘れそうになる。
「……此処は一体」
「まあ簡単に言えば我々のアジトの一つとでも捉えてくれればそれでいい」
言いながら男は店の奥へと進み、高そうなソファに腰かける。
そして俺達を手招きした。どうやら体面に座れという事らしい。
「いくぞ、お前ら」
誠一が先導して俺達は素直にテーブルを挟んで男の前へと座る。
そして俺達が全員座った後、一拍空けてから男は言った。
「さて、まずはようこそ。我らイルミナティ日本支部実働部隊のアジトへ。仲間以外を此処に入れたのは今日が初めてだ」
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