六章 君ガ為のカタストロフィ

1 答えの出ない自問自答

 残暑も徐々に陰りを見せ、明確に夏から秋へと移り変わった十月一日。この日も俺は自室のベッドで目を覚ました。

 目を毎日同じところで覚ますというこの生活をしばらく続けていると、やはり俺はこの世界に戻ってきたんだと実感する。直前に見ていた悪夢が現実の物なんだと実感させてくる。

 もうあれから一か月だ。俺が池袋に戻ってきてからもう一か月。

 目が覚めてからの数日間は事情聴取や、行方不明になっていた俺が元の生活に戻るための偽造工作に時間を費やした為、誠一が所属している精霊対策局に泊まってきた訳だが今はもう自宅に戻ってきている。

 戻ってきてすぐにとはいかなかったが、先週から高校にも復帰した。話の統合性が取りにくくなっていたりと色々難しい事もあるが、概ね異世界に辿り着く前の生活に戻っていると思える。

 俺の隣りにエルがいる事を除けば。

 エルがいてくれている事を除けば。


「……五時半か」


 セットしておいた目覚まし時計の時刻よりも一時間半も早い。最近はこういう事ばかりだ。朝までしっかりと眠れた事の方が少ないのではないだろうか。

 それだけ高頻度に悪夢が俺を苛んでくる。俺の失敗を皆が……俺自身が咎めてくる。

 だからだろうか。本当に眠るという事が怖くなった。眠れば深い闇のなかに引きずり込まれるような、そんな感覚に陥るから。

 だからこそ対照的に目を覚まして視界に映す世界はとても暖かく優しい物に見えてくる。

 そういう風に見させてくれている。


「……やっぱまだ寝てるよな」


 隣りでエルが静かに吐息を漏らして眠っている。もう大丈夫だなんて痩せ我慢を口にしてもそれでも隣りで寝てくれているんだ。

 色んな物に押しつぶされそうになる俺の隣りで、いつだって笑って手を差し伸べてくれるんだ。

 毎日毎日、エルに助けられて今を生きている。エルがいないと生きていけないんじゃないかとさえ思う様になっている自分もいる。本当に情けない話だけれど、実際にそうなのかもしれない。

 実際に俺の行動にエルの存在が大きく影響しているのだから。


「……起きるか」


 このままもう一度眠るのも難しそうだ。それにエルを起こしても悪いし部屋出てテレビでニュースでも見ながらコーヒーでも飲んでよう。

 俺はベッドから下りるとエルを起こさない様に静かに部屋から出る。そしてキッチンで湯を沸かしてコーヒーを淹れ、それを飲みながらテレビを付けた。

 やっているのは朝のニュースだ。一か月の空白の時間がある分、空いた時間を利用して少しでもこちらの世界の情報を入れておいた方がいいだろう。


「……」


 まず真っ先に話題になっていたのが先日外国で起きた地下直下地震のニュースだ。世間では一年前に終息した多発天災の余波なのではないかという話が広がっているが、それは違う。

 余波ではない。完全に別の案件。

 単純に向こうの世界から逃げてきた精霊が暴れた結果。それが世界ぐるみの大規模な偽造工作と、誠一曰く記憶を改竄するらしい謎の装置を容いてこういう風に報道されているだけだ。


「……」


 俺が目を覚ましてから日本でも。そして池袋でも精霊は不定期に出現していた。

 ああ、そうだ。池袋にも。俺の行動範囲内にも精霊は現れていたんだ。

 ……俺にできる事なんて何もないけれど。

 だから動かないし動けない。俺の有する手段ではこの世界にたどり着いた精霊を救ってやれない。

 それは街を人間に連れられて歩くドール化した精霊を救えなかった時の様に、目をそらし続けるしかないんだ。

 では、もし救い出す手段があったとすれば動くのだろうか?

 それもまた否だ。そうする事にはきっと危険が伴う。そういう事に首を突っ込めば結果的にエルを傷つけ事になるという事を件の精霊加工工場で知った。

 ではそのエルを確実に巻き込まないという前提条件の下ならばどうだろうか?


「……」


 どうなのだろうか。

 今までであればそんな状況に立たされた時の自分という存在の行動は手に取るように分かっただろう。瀬戸栄治という人間の思考回路は自虐の様にも思えてくるが単純で、救えるなら救いたいと思うし、その手段があるのならば、きっと無茶をしてでも動きだすんだ。

 瀬戸栄治という人間ならば。そうしたはずだ。そうしていた筈だ。

 では今の俺はどうだろうか。

 果たして俺はまだ瀬戸栄治でいられているのだろうか?

 そんな自問自答を目が覚めてから今日まで何回もして来た。

 その全てで答えは出てこず、今日もまたそれが出てくる事は無い。

 そんな中で今日も一日が始まる。

 異世界ではなくこの世界で。普通の男子高校生の日常を始める。

 自問自答と痩せ我慢の日常が始まる。

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