ex ちっぽけで歪な一つの奇跡

 何の為に死に物狂いで力を付けたか。それは一重に暴走する親友を止める為だ。

 彼の親友、シオン・クロウリーは強かった。あらゆる精霊学に精通する彼は戦闘技能にも秀でていて、常人には理解の及ばない様な応用法を使い文字通り最強と呼べる様な存在だった。

 だからいつの間にか彼に根付いてしまった狂った思想で暴走を始めた時、彼を止めて元の道に引き戻させるには彼以上の力を付けなければならないと思た。


 最強にならなければならないと思った。


 ではもし今の自分がこの世界の誰よりも強かったとして、目の前の親友を止めることができただろうか?


「そうする思想が間違いだっていうのなら。サイコパスだっていうなら。僕はもうサイコパスでも何でもいい。そうであれた事を誇りにすら思うよ」


「……ッ!」


 きっとそれは否だろう。

 目も当てられない程酷い目にあって、それでもなんの迷いも無くそんな事を言ってくる人間の意思は恐怖すら感じる。それに押された。

 その声音に、その視線に、彼が纏う雰囲気に。

 その全てに彼の覚悟が纏わりついていて、こんなものどうやって止めるんだと脳が訴えかけてくる。

 力尽くで止めようとしても押さえ込める訳がない。そんなもの一時的に物理的に止められるだけだ。結局彼の本質を変えられない。死にかけて治らなかった。だったらきっと死ぬまで治らない。


 どうしようもなく、どうしようもない。

 ただ拳を握りしめる事しかできない。


「こんな僕をまだダチだって言ってくれてありがとう」


「……ッ」


 部屋を出て行く彼を止めることはかなわない。何をどうしても自分にはシオン・クロウリーという人間を止めることができない事を自覚してしまったから。


 では……一体自分はどうすればいいのだろうか。


 狂った末に破滅の道を突き進まんとする親友に何をしてあげられるのだろうか。


 その答えは知り得ない。きっと知るための何かが著しく欠落している。

 その何かは一体なんなのか。その位なら理解できる。


 シオン・クロウリーが観ている世界。何一つ理解できないその世界。


 それを知らなければ何もなし得ないのだ。


 だけどやっぱりそれは理解できなくて、見える世界も変わらない。


 だけどきっとその世界を見なくてはならない。彼を救う為に瞳に映る世界を変えなければならない。

 そうする事できっと全ての答えが出てくる様な、そんな気がするから。


「……」


 その方法は分からない。だけどきっと何かある筈で、自分はそれを探さなくてはならない。

 その為にまず一は今の自分に清算を付ける必要がある。


 今の仕事を止めなければならない。この先の仕事も全てキャンセルだ。


 元よりシオンを倒す為の経験値を稼ぐ為に付いた職だ。そうして彼を止める考えが頓挫した今、この仕事に固執する意味もなければ時間もない。

 そんな事に使う時間があるのなら、シオンの見ている世界を理解する事に時間を使おう。


(探すんだ、答えを)


 精霊が資源以外に見える意味の分からない世界を理解する為に。

 同じ世界を見た上で正しい世界へと救い上げる為に。


 此処にもう一つの戦いが始まる。




 この世界の人間がそういう世界を理解しようとする事が、どれだけ歪な奇跡であるかも知らないままに。

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