EXTRA CHAPTER タタカイノハジマリ
1 黒き刻印を刻む者
こうなる可能性は充分に考えていた。
だけど実際にそれを現実のものとして受け入れると、自分にもっと何かできたのではないかと軽く後悔してしまう。
「……やはりこうなったか」
とある寂れた田舎町で隻腕の白髪の少年は、町の掲示板に張られた一枚の手配書を見てそう呟いた。
手配書に映っているのは少年、シオン・クロウリーの中で強く印象付けられた人間だ。
瀬戸栄治。一か月半前に出会った精霊を資源として見ないこの世界にとっては特殊な人間だ。
手配書に名前はない。恐らく戸籍などの情報を探ろうと思っても探りようがないだろう。彼の話が本当ならば彼はこの世界とは別の世界からやってきた人間だ。もし彼の身元を特定できたとすれば、それはこの世界とは違う世界。異世界の発見に等しい。
それ故に乗っているのは顔写真と罪状。そして逮捕に協力した者に与えられる懸賞金の金額のみになる。
その金額は……もう凶悪な殺人鬼などと変わらない。
彼が行ったのは簡潔に言えばテロ行為だ。
国の多額の税金で動いている国営の精霊加工工場に潜入して設備を破壊し、再起不能にまで追い込んだ。
そう……精霊を加工する工場だ。
捕えた精霊を送りこみ、様々な機材を用いて文字通り加工して、自我を持たない人間の言う事をただ実行し続けるドールへと変貌させる。酷く残酷で目を背けたくなるほどの、この世界の汚点。
この世界で呼吸をするように当然に生活の一部に溶け込んでいる、残酷とも何とも思われない歪みの象徴。
それをエイジという精霊をまともな視線で見られる人間は破壊した。故に今ではこうして指名手配犯だ。
(……一体僕は彼の行動に対して、どんな反応を見せればいいのだろうか)
仮にもう一度彼と出会う機会があったとして。会話を交わす機会があったとして。
彼に向けるべきなのは精霊を救ってくれた事に対する称賛なのか。それとも明らかに行き過ぎた行動を咎めるべきなのか。一体どちらを向けるのが正解なのだろうか。どちらか一つしか選べないのなら、それはとても難しい。
できる事ならその両方をぶつけてやりたい訳だが……果たしてそんな時が来るのだろうか。
それは分からないが、少なくとも何かあった時にアルダリアスでの一件の様に手を貸すような真似は出来ないだろうと思った。仮に今の彼と出会えても称賛か咎めの言葉を交わしてそれで終わりだ。
当然だ。今のエイジはテロリスト。その相手に手を貸している様な状況になれば、それは今の自分の立場を脅かす事になりかねない。
……守りたい者の隣りに居られなくなるかもしれない。
そう思った所で服の袖を引かれた。
シオンの服の袖を引いていたのは長い髪の金髪の少女。無口で無表情。人間の指示に従うだけの操り人形……だった筈の精霊だ。
「ごめん。行こうか」
シオンがそう言葉を返すとその精霊は小さく頷いてからシオンの手を握る。
その精霊は相も変わらず無表情で、瞳に光も無く声を発する事もない。だけどシオンは言葉に頷けとも手を握るようにとも指示していない。シオンが今の彼女に何か指示を与えるとすれば、あまり彼女を連れていきたくない場所へと赴く際に安全な所で待機を命じる事位だ。
だから……頷いたのも手を握ったのも。彼女の意思。
時折作る微かな表情もまた、彼女の意思だ。
本当に嬉しい誤算だったと思う。
彼女の自我を取り戻す為に必死になってきた。何の成果が得られなくても、それでも諦めずに足掻き続けていた。足掻き続けて足掻き続けて、やはり何も得られなかった。
それでも彼女は自我を得た。微かなものではあるけれど、確かにそこには自我が宿っている。
理由は分からない。分かっていればもっと研究は進んでいる筈だ。
アルダリアスの一件で命令もしていないのに助けられたその時に始まり、アリダリアスを出て暫くした時には本当に細かい物ではあったが、彼女が小さく笑みを作っている所を確認する事ができた。
何もしてあげられていないのに、思わず泣き崩れそうになる程の変化が訪れたのだ。
一体何が彼女をそうさせたのだろうか? それはシオンにとっては今だに解けぬ大きな疑問だ。
その疑問はいずれ紐解かなければならない。
極端な話これは希望だ。この狂った世界にようやく響いた小さな波紋だ。
賛同してくれる者などどこにもいなくたってその理論を構築し、手の届く範囲からでいい。救える精霊だけでも救っていかなければならないい
……今まで意気揚々と犯してきた罪を、償わなければいけない。
だけどそれはまだ先でいい。
自分は何もできなかったが、結果的に彼女は自我を手に入れた。だけど自我を手に入れただけで、元となったそれを壊す程の傷跡をまだ碌に消す事ができていない。
きっと今はまだ一歩を踏み出したばかりなのだ。まだ始まったばかり。ようやく始められたばかりなのだ。
だったら今は彼女の為にしてあげられる事を探すほうがいい。
そう思える位には、自分が何を一番に優先するべきかを理解している筈だ。
理解していると思っている事が、どこか自分に都合のいい解釈なのかもしれないけれど。
本当は自分こそが手配書の少年の様に、なりふり構わず動かなければならないのかも知れないけれど。
「宿の人曰く、この先の店がおいしいらしいんだ。なんだったか……そうだ、カレーだ。キミがそこでも良ければそこにするけど……いいかな?」
いくつかの葛藤の末に彼は彼女の為に旅を続ける。
彼女にしてあげられる事を探す為に、旅を続ける。
「よし。じゃあそこに行こうか。キミの舌にあってくれればいいけど」
その手に今だ黒い刻印を刻みながら。
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