18 二人の力
何がどうしてこんな事になっているのだろうか。
だってこんな事は絶対にあっちゃいけない事なんだ。
エルが此処にいて。きっとシオンから貰った枷もぶっ壊していて。そしてあんなに大怪我を負って。
背負わなくてもいいリスクを背負って此処にいる。しかも、まるで俺を助けるために乗り込んできたみたいに。
一人で自分勝手に動いた人間なんかの為にに……何をやっているんだ、エルは。
そんな事が、脳裏で蠢いていたが、それに対する解答を見つけるだけの猶予は無い。そんな猶予も与えられない位に、この部屋の中の状況は変わっていく。
動いたのは、エルだった。
足元に風の塊を作り出し、それを踏み抜き此方に加速する。
それがカイルに攻撃を加えるためか、それともカイルを突破し、俺の元に到達するためなのか。それは分からない。
だけど、それは駄目だ!
とにかく、エルを止めるために叫ぼうとした。
だけど間に合わない。
超高速で動いたエルに合わせ、エルのへし折れた右腕に蹴りで追い打ちをかける。
そして声にならない様な声を上げ、エルの軌道は逸れる。そしてその軌道を確認した瞬間、俺はほぼ無意識に足元に風の塊を形成。それを勢いよく踏みこみ、真横に飛ぶ。
そして次の瞬間には、軌道の逸れたエルが俺の目の前に現れた。
俺はそれを受け止め……剣化の術を使おうとするよりも早く、地面に到達。そのままエルのクッションとなりつつ地面を転がる。
「……ッ!」
全身に激痛が走った。だけど怪我の度合いではエルの方が酷いし、例え無傷でも、黙って見てなんかいられない。
「……大丈夫か、エル」
俺はエルを抱きしめる力を弱めつつ、そう尋ねる。
するとエルは一拍入れてからこう返してきた。
「……私は、まあ、大丈夫ですよ」
どう考えたって大丈夫ではなさそうな声音でそう言ったエルは、少し体を離して俺の目をじっと見ながら言う。
「そんな事より……少しくらいは、自分の心配をしてください」
そう言ってエルは、左手で俺の右手を握った。
「言いたいことは沢山あります。だけど……それはまだ我慢します。今はとにかく……この状況をなんとかしましょう」
「……ああ、そうだな」
言いたい事は沢山あった。
だけどそれを言う猶予なんてのはどこにもなく、その機会が訪れるとすれば、それは無事にこの場を切り抜けた時だ。
だから……今は、言いたい事を胸にしまう。
そしてエルの手をしっかりと握った。
「……なんだ。見たところその精霊、捕まってる連中じゃなく、てめえを助けに来たのかよ。だとすりゃ本当にわかんねえな。てめえの事も。その精霊も。マジで何考えてんのかわかんねえ」
そう言った後、カイルはその場で構えを取る。
「まあいいよ。俺のやる事は変わらない。それだけ分かってりゃ十分だ。とりあえず、てめえもその精霊もぶっ飛ばす」
「させると思うか?」
「できるさ。それに、あの馬鹿の為にもやらなきゃならなえ」
「だったら俺はその思いを踏み躙る。いくぞ、エル」
「はい、エイジさん」
そして俺はエルを剣へと変える。
「なに……精霊が剣に……ッ」
そんな風に動揺するカイルに剣の先を向けて俺は言う。
「……じゃあここからは反撃開始だ。そして、俺も私怨って奴を混ぜるぞ」
そして俺は、湧き上がってくる言葉を言い放つ。
「……てめえら、よくエルをこんな目に合わせたな」
ここまで来るまでに負ったエルの傷。それは到底女の子が受けていい傷じゃない。
ああいう傷を負わした此処の連中に、どうしようもなく怒りが湧きあがってくる。
「俺はもう、容赦なくてめえらをぶっ飛ばす。覚悟の一つや二つ位決めとけよ?」
そしてそんな宣言を、カイルへとぶつけた。
……その全ての元凶が自分であるという事は棚に上げて。
こうなる事は予測しなかったものの、自分の選択がエルにとって酷い事となるのを自覚していて。自覚していて尚こんな事をした自分の事は棚に上げて。
俺はそう宣言した直後、風の塊を足元に作り出し、踏み抜いた。
そしてカイル目掛けて剣を振り抜く。
結果的に、狙った所には当たらなかった。
「……ッ!?」
だけど、側頭部への直撃を防いだ右腕はへし折った。
そしてカイルの足が衝撃で浮き、勢いよく飛ばされる。
そして数度のバウンド。やがて壁に衝突し、それでもゆっくりと立ち上がってくる。
「……っだよ、今の、速度は……ッ!」
態々答える義理もない。
もうきっとコイツに語ることも。語られることもなにも無い。
「く……っそがあッ!」
今度は勢いよくカイルが込んできた。
途中、投げられるのはバタフライナイフ。だけど俺はそれを体を反らして躱す。
そして目の前まで到達したカイルは、素人目で見ても全く無駄のなく思える渾身の右ストレートを放つ。それを俺は、体を僅かに動かして躱した。
そして流れでそのまま剣を振り抜く。
直撃。カイルは再び床を何度もバウンドし、壁に叩きつけられる。
そして次の瞬間、一瞬視界の端に移ったソレを見て、俺は軽くサイドステップ。
それとほぼ同時。いつの間にか足元に転がっていたキューブ状態の何かが数瞬前まで俺の居た場所にビームを放つ。
だけどそこには俺は居ない。間一髪で躱して、しっかりと床に二本足で立っている。
「俺に、モーションで攻撃先読みする様な真似はできねえよ」
俺は壁際でぐったりとしているカイルに向けて言ってやる。
「だけど今ならなんとか見える。見えてりゃ攻撃位躱せるさ」
……そして。
『……エイジさん、後ろ!』
その言葉に俺は再び横に跳ぶことで答える。
次の瞬間には俺の居た所にエネルギー弾の雨が振っていた。
きっと先程のビームを利用し、例の魔法陣で数を増やし雨を降らせた。そういうことだろう。
そして鈍器でぶっ飛ばされながらも、しっかりと張り巡らされた攻撃の事を、カイルに告げる。
「……見えなくても、躱せんだよ」
俺一人じゃ無理でも、エルの力を借りればそれができる。
きっと圧倒的に強化された出力云々以前に、俺達の間の溝を埋め、追い越したのは……きっと、それも大きな理由の一つだ。
それが無ければ、当たっていたかも知れない。
そして当たらなかった。カイルも起き上がらない。
だとすれば……この戦いは、俺の勝ちだ。
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