13 自分との戦い
「安全に暮らせるって事は、ドール化される心配の無い所って事か?」
「そういう事になるんですかね……実は詳しくは知らないんです」
「知らない?」
「風の噂って言うんですかね。でも、出会った精霊のほぼ全員から、そういう場所だと聞いています。何かあった時、いつでも戻ってこられる様な準備をして、確かにその地に赴いた精霊達は、誰一人として戻ってきていない。そういう話を」
「戻ってきていない……つまり、戻る必要が無くなったからか?」
「そうだと皆思ってます。もちろん、私も」
だけどもそれはあくまで噂だ。それはエル自身も自覚しているだろう。
そういう噂が間違っているかもしれない可能性だって充分にある。
……それでも。
「例え噂でも信じたいんです。その話を」
そういう噂に縋る段階にまで、精霊の立場は酷い物になってしまっている。
「じゃあそのまま信じてろよ、その話」
だけどそんな噂でも、縋る事はきっと間違いじゃない。
目にもくれなければ何かあっても分からない。眼で見て初めてそこにある物が自分の求めた物か知る事が出来る。
だからエルをその場所に連れて行くのは、決して間違いじゃない。
だったらそこを目指してみよう。
「確かめに行こうぜ。その噂が本当かどうか」
例えそれがガセであったなら、その時はその時だ。
その際訪れた状況を打開すればいい。幸い今、何が来ても何とかできそうな力が俺にはある。何が来たって、最終的には何とかできる筈だ。
だから確かめる事に、何も悪いことなんて無い。
ぼんやりとそうしようと思った事に、明確な理由が生まれた。
だったら後は行動に移すのみだ。
「良いんですか?」
「良いんだよ。行くあても無いしな」
俺自身がどうするべきかというのは、最終的に元の世界に戻れるのがベストだというのは分かっているけれど、その方法が分からない。だからそれもついでに探して行けばいい。
つまりもうその、絶界の楽園と呼ばれる地に向かう事に躊躇う要素なんて何もない。
「……ありがとうございます。まさかもう一度、あの場所を目指す日が来るなんて、思いもしませんでした」
「という事は……一度は目指してたのか」
「……ええ。何人かの精霊と一緒に。そして最終的に、私は偶々私のテリトリーとして作用した地……この森に流れ着きました」
「他の精霊は?」
言ってそれは、聞いてはならない事だとすぐに悟った。
「いませんよ。此処に居るのは私一人なんです。行くあても無く、一人で結界を張って閉じこもって……今日、エイジさんに出会った」
そして出会えなければ、エルも他の精霊と同じ様な事になっていた。
……本当に今日、出会えてよかったと思う。
目の前で普通に話をしている女の子がああいう状態になるなんて事は、考えたくもない。
だから今後もそうならない為に。
そうさせない為に。
あるかどうかも分からない場所に絶対に辿りつかなければならない。
その為にもこんな所で倒れる訳にはいかないんだ。
「……そうか。悪いな、嫌な事聞いて」
そう言いながら、痛みで表情が歪みそうになるのを必死にこらえた。
……限界だ。
表情に関しては平静を保てている。きっとそれは肉体強化で怪我した部位を無理矢理動かせる事に加え、多分痛みに対しある程度の耐性が付いているからなのだろう。
耐性が付いていなければ、とうに気を失っている。
……それにしても、本当にまずい。
傷口が開きかかっているとか開いているかもしれないとか、そういうレベルじゃなく……俺を半殺しにしたあの傷は、確かに開いてしまっている。
開いてしまっている筈なのに、着ている服に血液が滲んでくる事は無い。
……一体俺の体は今、どうなっている?
「……どうしたんですか?」
エルが心配そうに尋ねてくる。
どうやらもう表情にも出てきてしまっているみたいだ。だとすると本当に限界な訳だ。
少しでも応急処置が必要。その事は容易に把握できる。
「いや、ちょっとな。まあ、その……アレだよ。こうしてカッコつけてお前を治療している時に言うのもなんだけどさ……ちょっと、トイレ行きたい。行ってきていいか?」
……まあ、こう言う状況でいうのは非常に格好悪いが、一時的に場から離れる事の理由付けには充分で……そして俺の表情の変化の理由を誤解させられる。
「え、あ、はい。別にいいですけど……」
「悪い。すぐ戻る」
そう言って俺は割と強引に回復術を打ち切って、その場から駆けだす。
茂みに入り、少し進んだ所……俺達が今通ってきた所にあった、開けた場所に辿りつくと、俺はその場に膝を付き服を捲る。
「……ッ」
その光景を見て、俺は思わず言葉を失ってしまう。
確かに皮膚に損傷は殆ど無い。
あるのはルキウスから受けた傷位だ。
だけどその奥。皮膚の内側。そこが目に見えて分かる程、酷く充血し、膨れていた。
……内出血。
その有様は今すぐにでも手術……いや、もうどうしたって助からない位に、体内の器官がズタズタになっているであろう事を、素人眼で見ても感じさせる。
「クソ……ッ」
俺は地面に掌を置き周囲に魔法陣を展開。回復術を発動させる。
……一体何がどうなったら、こんな事になる?
その答えを推測する事は、決して難しい事では無かった。
内出血はしているが、普通の傷は開いていない。
そうなっているのは多分、肉体強化の影響だ。強化された皮膚が、傷を開かせる事を許さなかった。
だけども内側には効果があっても皮膚と比べて効果が薄かった。
だからこうなっている。
そしてその肉体強化が、体の危険信号を遮断していた。
こうなるまで、俺に行動させなかった。
一体どのタイミングで傷が開いたのかは分からない。
契約前でも痛みを耐えられたから、契約して肉体強化を発動させた以降だというのは間違いないのだろうけれど、それ以降のどのタイミングであったとしても、ここまで酷い状態になる前に、手を打っておかなければならなかった。
だけどそんな事を考えても後の祭り。
今は今やれる事をやるしかない。
この傷をなんとかするしかない。でも、どうすれば?
このまま回復術を使っているだけでいいのか? この溜まっている血液をどうにかしなくていいのか? 抜けばいいのか? 一体何をどうすれば、俺の命は助かる?
考えても答えは出てこず、それでも一つの選択肢を否定する事は出来た。
エルを呼ぶ事はできない……こんな状態だからこそ、尚更だ。
こんな酷い有様を、この傷を作ったエルに見せるなんて、絶対にできる訳が無いだろ。
だから治せ。死ぬ気で治せ。なんでもいいからとにかく治せ!
そんな思いで必死に回復術を使い続けた。
だけど症状は一向に良くならない。
寧ろ悪化している。
精々その進行を止めているだけだ。
新たに生まれた傷やそれに伴う出血などを、どうにかしているだけで、元々の所にまで手が回って居ないのではないだろうか。
「……」
今よりも酷い有様だった俺を助けだしたエルドさんは一体何をどうしたんだ? 回復術の根本的な出力が違うのか、それとも他の何かか。それは分からないし、分からないからエルドさんの様にうまくはやれない。
そして回復術を続行しながらも、気が付けば俺は地に倒れ伏せていた。
起き上がろうにも起き上がれない。視界は薄暗いし意識も飛びそうだ。
そして実際に飛んだのだろう。この時視界は確かにブラックアウトした。
……だけど俺は再び瞼を開ける。一度眼を瞑ってしまえばもう開けられないのではないかとさえ思ったのに。
意識を通り戻した時には、全身に纏わりついていた痛みは殆ど消えていた。
そして開いた眼に映ったのは……まるで返り血でも浴びた様に血で汚れた、エルの姿。そして後頭部に感じるのは、独特の柔らかさと心地よさ。
「……エル?」
どういう訳か俺は、泣きそうになっているエルに膝枕をされていた。
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