12 目指すべき場所
でも……そんなのって、ないだろ。
「常識って……んな馬鹿な事があるかよ! あんな状態からもう戻らないなんて、あまりに酷すぎるだろ!」
「だから皆必死なんですよ。捕まればその内自分は自分じゃなくなる。それは死ぬのと同じなんです」
……その事実をそう簡単に呑みこむ事が出来なかった。
だけどエルの言葉に嘘は見られない。エル達精霊にとって酷く深刻な話であろうこの話題に嘘が紛れ込む道理なんて無かった。
つまりきっと、本当に助ける術なんてのは無いんだ。
「……冗談じゃねえぞ、クソ……ッ」
「……まさか、本当に知らなかったんですか?」
どうやらエルは俺の反応に違和感を覚えているらしい。
そんなエルに俺は正直に答える。
「ああ。知らなかったよ。だから本気で助けるつもりでいたんだよ、俺は」
「……そう言えばエイジさん、私に聞いてましたよね」
エルは思い出したように言う。
「なんで人間を信用できないのかって。あれも……本当に知らなかったんですか?」
「知らなかったよ。知っていたらあんな無茶苦茶な事、お前に言うかよ……あの時俺は精霊の存在自体を知らなかったんだ」
「……え?」
エルが唖然としたようにポカンと口を開ける。
「精霊を知らないって……多分普通にこの世界で生活していれば、そんな事はある訳が無いですよ。流石にそれは嘘――」
「まあそう思うだろうな。街には当たり前の様にドール化された精霊がいたし、そういう所に住んでいなくても、嫌でも精霊の存在位は認知すんだろうよ」
だけど俺は知らなかった。
「でもこの世界に住んでいなければ、その限りじゃねえだろ」
「それってどういう……」
「俺は多分、違う世界から来たんだよ」
俺はそのまま、エルと出会うまでの事を話した。
俺が東京の池袋という場所に住んでいたと言う事。
禍々しい雰囲気を醸し出す女の子に襲われ、気が付けばこの世界に居た事。
そして出会うまでの経緯とは違うが……俺がいた世界に精霊なんていなかった事。
「だから俺はあの時お前を見て、なんでこんなに怯えてんだろうって思った。そして精霊のいない世界から来たから、見た目は人間と変わらないお前らをああいう風に扱う事に嫌悪感しか沸かなかった。助ける事が正しいと思った。異世界云々なんて無茶苦茶な話を信じてもらえるかどうかってのは分かんねえけど、多分これがお前の抱えてる疑問の答えだよ」
その答えを聞いたエルは、少し考え込む様に黙りこむ。
だけど自分なりに考えを纏めたのか、ゆっくりと口を開いた。
「確かにその東京だとか池袋だとか、そういう場所が本当にあるのかなんてのは、信じがたい事だと思います。だけど……そういう事だったら、人間のエイジさんが私を助けてくれた事が納得できる気がします」
それに……と、エルは言う。
「私はエイジさんを信用したいんです。だって契約を結んだ相手ですから。だからこんな話でも信じてみようと思います」
そう言ってエルは笑みを浮かべる。
辻褄があっていても、俺の話が無茶苦茶である事には変わらない。
だからこうしてこういう無茶苦茶な事を信じてくれた事は、素直に嬉しかった。
「……でもそう考えると私のした事って相当理不尽でしたね。何も知らないエイジさんにああいう事をして……さっきの命の恩人云々って話は、その時の事ですよね」
あまり答えたくは無かった。
お前の攻撃で死にかけたなんて事を、エルには言いたくは無い。
だけどこうして黙っていても、その答えが表情に出る事もある。
俺はどうも顔に出やすいタイプなのか誠一にはよく看破されたし……今日、エルにも看破された。
「こんな事だけで許されるとは思っていないですけど……すみませんでした」
エルはそう言って頭を下げる。
許されるも何も、エルは多分何も悪くないのに。
「顔、上げてくれよ。お前は何も悪くねえって。悪いのは知らなかったとはいえ、ああいう事を言っちまった俺の方だろ」
「そ、それは仕方ないですよ。エイジさんは悪くないです。やっぱり私が悪かったんです」
「じゃあどっちも悪かったって事で良いんじゃねえの。それでこの話は終いって事で」
多分このまま互いに自分が悪い自分が悪いと言っていたら、そこから何も進まないし、きっと何も生まない。
だったらもう、そういう落とし所を見つけるべきだと俺は思う。
「……分かりました」
エルはイマイチ腑に落ちない様だがそれでも頷いた。
頷いたけれど……微妙に話は続いてしまう。
俺があまり触れないで欲しかった所に。
「ところでその……怪我はあの人に完治させて貰ったんですか?」
非常に答え辛い問いだった。
結論から言って、完治していない所か傷口が開いてるんじゃねえかなって思う位に激痛が纏わりついている。
だけどそれに関しては隠し通せそうだ。
「大丈夫。それに関しては完治してるよ。それに関してはな」
幸いと言っていいのか分からないが、俺の体の数か所にルキウスの剣の破片が刺さった跡が残っている。
その破片自体は自然消滅したものの、血は流れているし当然激痛が纏わりついている訳で。
だからエルの攻撃で受けた怪我を、全部今回の戦闘の所為にできる。傷による俺の表情の歪みは全てそれの所為だとエルに思わせる。そうできる様に頑張らないと。
自分の負わした傷がまだ残っていたら、それはきっと良い気分ではない筈だ。
何か負い目の様な物を感じさせてしまいかねない。
「だからもう変な負い目とかは感じなくていいからな。今ある傷に関しては、きっと俺がうまくやれてりゃ受けなかった筈の傷なんだから。俺の怪我の心配はしなくていいよ」
だから自分の傷は自分で拭う。
拭われたくない傷も、自分で拭う。
エルが使える術をそのまま俺も使えるみたいな感じだから、当然俺だって回復術位使える。
だから後で俺が自分で治療しよう。それまでは耐えるんだ。
でも、目の前の女の子が耐えているのは見たくは無い。
「俺なんかより、自分の心配しろよ」
「え?」
「肩。多分死ぬほど痛いんじゃねえの?」
戦闘が始まってからは基本的にエルは剣で居る事が多かったが、その前。
俺をあの場から連れ出してくれた時に追った肩の傷。
あの時エルドさんの光の矢は、エルの肩を貫通していた。多分それは拳銃で撃ち抜かれるのと同義なのではないだろうか。
エルは自分がそんな傷を負いながらも、平静を装って俺の傷の心配をしてくれていたのだ。
「だ、大丈夫ですよ。ほら、体を強化していれば動く事には動きますし」
「動くだけだろ?」
例えば今の俺がある程度平静を保っていられるのは肉体強化の恩恵が強いだろう。
それはエルも同じ。動かない物を無理矢理動かしている状態に過ぎないんだ。
そんなものが、大丈夫な訳が無いんだ。
「とりあえずここまで来たら一旦休んでいいだろ。その傷、治しとこうぜ」
「それなら、私もエイジさんを――」
「俺はいいよ。軽傷だからさ。だからエルは休んでくれ。怪我人なのに人の治療で疲れるなんて無茶苦茶だろ?」
「でも――」
「いいんだよ、休んで」
「……わかりました。じゃあお言葉に甘えていいですか?」
「勿論だ」
そうして俺はエルをその場に座らせ、回復術を発動させる。
肉体強化に加え回復術。二つの精霊術を持続させ使う。
それは想像以上に堪える。
……はっきり言って、気を抜けば倒れてしまいそうだ。
そう考えると、俺はエルの申し出に縋らなくて本当に良かったと思う。
傷を治す為にこんな苦痛、エルに味あわせられるか。
これがきっと正しい選択だ。
……でも、せめてその苦痛を和らげる事位はしてもいい筈だ。
だから俺は痛みを誤魔化す為にエルに話しかけようとする。だけど俺の方からしなくても、エルの方から話しかけてきた。
「それにしてもエイジさんをこの世界に飛ばした女の子っていうのは一体何なんですかね」
素朴な疑問という風に聞いてくる。
「精霊術の様な力を使っていたのなら……エイジさんはいないって言ってましたけど精霊なんじゃないですかね」
「それは多分違うよ」
断言したっていい。
「今日一日でドール化した精霊としていない精霊……つまりはお前と会った訳だけど、どっちもなんつーか、神秘的な雰囲気を纏っているだろ。まあドール化した精霊のは微かにといった感じだけど」
でも、と俺は続ける。
「俺を……というより、あの時池袋をぶっ壊してたあの女の子達は、そういう神秘的な雰囲気が一切なかった。纏ってたのは対極って感じの禍々しさ。あれが精霊だとは、当事者の俺からすればどうしても思えない」
「まあ確かに、精霊がそういう状態になるってのは私自身聞いた事がありませんし……やっぱり違うんですかね」
「違うだろ。だったら何なんだっていう答えは出せねえけども」
本当に、なんだったのだろうか。
あの場の出来事については訳が分からない事だらけだ。
だけどまるでジオラマみたいな街の壊れ様。アレがなんとなく多発天災の被災地を思い出させる。
一瞬関連性を疑ったりもするが、少なくとも池袋の一件は天災ではない。
地震や台風とはもう括りが違う。
つまり、多発天災とは違う何かが、あの場で起こったんだ。
……一体何が起こったっていうんだ。
そして……誠一は本当に生きているのだろうか。
その答えを出す事は、今の俺には叶わない。
それはきっとあの場所に戻らなければ分からない。
そしてそんな事を考えていたら、いずれは出てくる疑問が浮かび上がってくる。
「なぁ、エル。話変わるんだけどさ」
「なんですか?」
「俺達はこの後、どこに向かえばいいんだろうな」
元の世界に戻れるかどうかは分からない。それに戻るにしても戻らないにしても、次に行くべき場所なんてのはまるで分からない。
そんな中で俺達は一体どう動くべきだ?
「何処に向かえば……ですか。それならその……もし、我儘を言っていいのなら、行きたい所があるんです」
「行きたい所? どういう所だよ」
「楽園です」
「楽園?」
あまり予想していなかった言葉が出てきたので思わず聞き返すと、エルが改めてこう言った。
「通称絶界の楽園。私達精霊が安全に暮らせる、夢の様な場所です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます