11 勝利の裏側
鳩尾に拳を喰らったエルドさんは、勢いよく地面を転がって止まった所で倒れ伏せる。
ダメージの影響か展開されていたキューブは全て消滅し、それは今の一撃でそれだけのダメージをエルドさんが受けたという事を意味していた。
でもエルドさんの意識は消えていない。確かにそこにある。今の一撃ではそこまでしかダメージを与えられなかった。
全力の拳。そこに加わっているのは肉体強化の恩恵だけ。それだけじゃこれが限界。だけどそれでいい。
というより、そうでなければならなかった。
だからこそ、俺の隣で動き出したエルを俺は止めなければならない。
「待ってくれ、エル」
俺の隣で、まるで得物を追い詰めるように動き出したエルの腕を取る。
「だってまだこの人――」
「……頼むよ、エル」
エルがやろうとしたのは自分の身を守るためにやるべき事だ。
自分を捕まえに来た存在がまだ意識を保っている。精霊術を用いていつ反撃してくるかも分からない相手の意識は、最低でも奪っておく必要がある。
だから……コレは俺の我儘だ。
「頼むよ」
俺がもう一度そう言うと、少し悩むように顔を俯かせたエルは、掻き消えそうな声で「……分かりました」と呟くと、俺の後ろに隠れるように陣取る。
これで改めて、俺はエルドさんと向き合う形になった。
「……何故止めたのですか?」
エルドさんは体を起しながら不思議そうに聞いてくる。
「キミが何を思って行動しているのかは分からない。だけどその道に僕が邪魔者として立っているのは理解しているつもりだ。その僕を、キミはどうして助けた?」
「まあきっと、エルドさんが俺の敵で邪魔者なのは間違いないんだと思います。だから俺は戦う事が正しいと思ったし、その正しさを貫くためにこうしてエルドさん達と戦いました」
エルドさんだけでなく、この世界の当たり前の常識を持った人間すべて。全て全て俺の敵だと言ってもいい。
だけど……それでも、敵だとしても。
「だけど……エルドさんが俺の命の恩人だって事も間違いないんです」
それだけは何があったって変わらない。変えたくない。
「だから俺のやれるのは此処までなんです。それが正しい事だと思うから」
正しく、俺がそうしたいと思ったから。
「……それだけの為に、いつ反撃されたっておかしくない様な状況を作っているんですか? エイジ君は」
「一応、それだけじゃありませんよ」
エルドさんの意識を奪わなかった理由は、もう一つある。
「エルドさんまで大怪我して気を失ったら、一体誰がルキウス達を介抱するんですか」
エルドさんの表情が、僅かだが驚いた風になる。
「一応殺さない様に攻撃したつもりですけど、それでも大怪我を負っている事は間違いないんです。だから、エルドさんにはルキウス達を助けてほしい」
「あの状況で……殺す気で動かないと乗り切れない様な状況下で、キミは相手の事を考えながら戦っていたのか。もしかするとキミは不殺主義者という奴なのかい?」
「……そんなんじゃないですよ」
人を殺める事に抵抗は当然ある。
誰かを殺さなければならない。そういう状況に立たされて本当に殺せるかなんてのは、そういう状況に立ってみなければ分からない。
だけどそれが正しいと思える何かがあれば、きっと俺はそれをやれてしまうのかもしれない。やれてしまうかもしれない様な奴だから、俺はエルに手を差し伸べられたのだろう。
でも裏を返せば、それが正しいと思えなければ、殺せる訳が無い。
少なくとも、今回はそうだ。
「ただ、俺はルキウス達を殺す事は間違っていると思った。理由はそれだけです」
ルキウスはこの世界の正しさからあぶれる俺を、最後まで引き戻そうとしてくれた。
石を投げられても、石を突きさされても。エルと組んで明確な敵意を見せても。それでもこの世界にとってのクズ野郎を見捨てようとしなかったんだ。
楽観的な考えなのかもしれないけれど、エルドさんやルキウスの様な人達とつるんでいるあの二人も、決して殺されていい様な奴ではないと思う。
例え俺の眼に間違って見える価値観を抱いていたとしても。
俺はあの人達を殺してはいけないと思った。
「だから頼みます。俺はあなたには負けませんし、エルも渡しません。だから俺に掛けられる労力でアイツらを助けてやってください」
エルドさんからの返答は中々返ってこなかった
だがやがて、ゆっくりと立ち上がりながら口を開く。
「……わかりました。今日の所は撤退という事にします。今はルキウス達を助ける事が先決だ」
そう言ってエルドさんは俺の隣を横切る。
警戒は緩めなかった。だけどその必要はなく、エルドさんは俺から離れて行く。
「エイジ君」
途中立ち止まったエルドさんは、俺の方を振り返ってこう言ってくれる。
「キミが見ている世界がどういう物なのかを、僕達は理解できない。でもね、これだけは言える。キミが間違っていて、歪んでいて、それはいずれキミを壊すよ。それが内側なのか外側なのかは分からないけれど。だから……そうなる前に目を覚ますんだ。キミは正しくあれる人間だ。キミは壊れちゃいけない人間だ。もし正しい事が見えたのならば、その時は今度は一緒にディナーにでも行きましょう」
そんなエルドさんに、俺は一言だけ返す。
「……ありがとうございます」
命を助けてくれた事に。
最後の最後まで俺の事を心配してくれている事に。
その善意を踏み躙り続ける俺は、それでも感謝の気持ちを告げてエルの手を引き歩きだす。
後ろからは誰も追ってこない。
本当にエルドさんはルキウス達を助けに向かったのだろう。
それがエルドさんにとっての、今やるべき事だ。
……では、戦いが終わった俺のやるべき事はなんなのだろうか。
それを考えながら、俺達はエルドさん達との距離を取るために無言で歩き続けた。
でも一つの答えに辿りついて俺は立ち止まる。
「どうしました?」
「……いや。忘れていた事を、思い出した」
「忘れていた事?」
「エルドさん達が連れていたドール化された精霊。アイツらをまだ助けていない」
元々エルを助けた後はドール化された精霊を助けようと思っていたけれど、色々あって頭から抜けてしまっていた。
「助ける? ……何を言っているんですか?」
「まあ確かにあの場に戻るのはどうかと思うよ。ああいう会話の後で戻り辛いってのもあるけど、なにより危険だしな。でも、助けないといけないだろ?」
ルキウス達はともかく、あの精霊達に対しても物理攻撃で対処していた理由がコレだ。
「……無理ですよ」
「いや、大丈夫だろ。今の俺達ならあの場から精霊四人を連れだす位なんとか……」
「そっちじゃないんですよ。知ってるくせに……言わせないでください」
そして言いにくそうに、辛そうな表情でエルは答える。
「一度ドール化した精霊は二度と元には戻らない。そんな事は……常識じゃないですか」
一瞬、エルが何を言っているのか分からなかった。
助ける方法は分からない。だけど確かにあると思った。それをエルに聞けばいいと思った。
だけど返ってきたのは、そんな聞きたくも無かった答え。
つまりエルはこう言いたいのだ。
彼女達はもう手遅れだと。
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