第一章 四節 子供探しと地下魔獣
「うお、結構中は広いな。」
ここは、都市全体に広がる下水道だ。
下水道は整備などをするためか、中に通路が設けられており、動きには困らないようになっていた。
「はてさて。子供達はいますかね?私の仕事を増やしたバカはいますかね?」
その中を、エイジは少しばかりの怒りを込めた独り言を呟きながら進んでいく。
エイジの独り言は、流れる水の音に乗って響いていく。
「あぁー…待てよ?ここ下水道で、ずっと水が流れてて、私は寝不足&二日酔い…。」
そう考えた瞬間に、一気に吐き気が引き立てられる。
だが、ここは様々な用途で使われる水が流れる場所だと考えたエイジはー
「ウッ、気持ちわ…オロロロロ」
思いっきり吐瀉物を通路にぶちまけた。
「ウェェ…臭う臭う。よく嗅いだらここらへん一帯超臭え。」
「そんなに臭うんですか?というか下水道の入り口見つからないんですけど?」
異変に気付いたダイナの言葉を受けて、二人は地下への入り口を探して都市を走り回っていた。
「うーん。地下っていったら下水道ですよね…。犯人はどうやってそんなところに潜んだんですかね?」
「知るか、んなこと。どちらにせよバカの考えで、そのバカは今でも悠々と地下暮らししてるってだけだろ。」
だが、やはり一抹の疑問は残るのだ。その疑問を解かなければ事件は解決とは言えないのだが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「ま、それは後で考えましょう。それよりもまずは救出ですね。」
先程、吐瀉物をぶちまけたエイジは、それでもめげずに下水道を歩き続けていた。
そんな彼の頑張りが報われたのかどうかはわからないが、下水道には変化が表れていた。
「…なんだ、この道?これ絶対に必要の無い道だよな?」
広い、本筋の道とは別に、明らかにおかしい配置で、細い道が表れていた。
「…バカの作った道か?」
ただ、なんとなくそう思っただけだ。
地上を探しても何も見つからず、地下を探せば意味不明な道が出てくる。
ならば手がかりも何もない状況では、怪しいと思ったものは片っ端から探すしかない。
ーただ、その中に危険が潜んでいることをしらず、エイジは進んでいく。
「あ、見つけましたよ。下水道かはわかりませんけど、地下に繋がってます。」
「え?その道さっき隠されてたよね?お前さっき『怪しそうだからぁ~』とか言って上に乗っかってた物ぶっ壊したよね?」
結局のところ、二人の捜索範囲を大きく飛び出し、二人は郊外まで来てしまっていた。
「でも、この中から水の音しますよ?で、臭いのほうはどうです?」
リリカは自分のしたことに対しての反省をまったくせずに、ダイナに指示を出す。
「あーうん。この中から臭いがするわ。この中で間違いねぇ。」
ダイナが魔獣の存在を確認しているうちに、リリカはほかのことを確認する。
「ん、確認終わりました。この中は通信阻害の結界が張ってあります。微弱なものなので破壊はできますが、なるべく痕跡は残さずに行くので、それはしません。」
「んじゃ、連絡は入る前に済ませておくか。俺はあいつらと話すの面倒だからお前がして。」
「はぁ…全く。あなた達のそういうところが問題なんですから、直しなさいといつも言ってるのに…。」
と、互いに確認をすませ、連絡をとろうとしたところで、ある違和感に気付く。
「んん?あれ?なんか隊長とだけ連絡
が繋がんないんですけど。」
「エイジとだけ?…あぁ、なるほど。この中は通信阻害の結界が張ってあんだろ?なら…」
この先は言わなくてもわかるだろ?と言わんばかりの視線を彼から受ける。それの視線を受けて、彼女は目を細める。
「さすがは、我らが隊長ってことですね。」
彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「えー、いきなり道の広さに緩急つけられても困るー。」
と、二人がそんな話をしていることを知らずに、エイジは現れた通路を文句を言いながら歩いている。
「なんか連絡も通じないし完全に当たりじゃん、ここ。」
(それに、さっきから伝わってくるこの気配は…)
今、感じる気配とこの場の現状を照らし合わせてエイジが考え事をしていると、十字路が近づいてくる。
そして、その真ん中には一人の子供が倒れていた。
エイジは唐突に目標を見つけたことから、多少驚き立ち止まったが、すぐに子供まで駆け寄り、身体に異常がないかを確認した。
「異常は…なしか。だが、なんでこんな所に一人だけ?」
連れ去られた子供は複数人だったのだから、一人だけが見つかるのはおかしいのだ。
だが、その答えは先程からこちらを見ており、そして今、近づいてきた魔獣の気配が示してくれた。
「成程。つまりは罠…か!」
考え事に答えを出した瞬間に、視界の隅から何かが飛び出した。
その何かは、自らの腕をこちらに振り被ってくる。それに対し、エイジは即座に子供を庇うように前に出る。そして、自らの腰に装備していた二本の剣のうち、一本を抜刀し、相手の攻撃を剣で受ける。
ぶつかり合った攻撃は、火花を散らし、金属同士がぶつかり合うかのような音が狭い通路の奥まで響く。
エイジが剣を振り抜くと、襲ってきた何かが弾かれたように通路の奥まで後退する。
「やっぱ潜んでやがったか、魔獣…!」
その生物は長く伸びた腕を地面にまで垂らし、凶悪な牙を剥き出しにしている口から、唾液を垂れ流すおぞましい二足獣だった。
その魔獣と呼ばれた生物は、今にもこちらを再び襲いださんとばかりに睨み、息を荒くさせていた。
その凶暴な魔獣を前に、エイジは落ち着いて、戦う前の現状確認をする。
(さてさて。こいつのほかにも気配はいくつか感じるな。まだ魔獣がいるってことは、あいつらは辿り着くか。ただ、それ以上の増援は望めないとすると…)
確認を終えたエイジは、目の前の魔獣を睨み返し、言い放つ。
「そんじゃ、私は君を殺させてもらうとするかね。」
その余裕ともとれる発言を、言葉はわからずとも、雰囲気から挑発と受け取った魔獣は怒り狂ったように、こちらへ突貫する。
ー勝負は一瞬だった。
魔獣が顔面目掛けて爪を振るったが、エイジはそれを屈んで回避し、魔獣の下に潜り込んで剣を上に振るう。剣は魔獣の心臓を正確に捉え、振り抜かれる。
決死の一撃を喰らわされた魔獣は、勢いを殺せずに子供の上を吹き飛び、そのまま息絶えた。が、
「ま、こんな感じで突っ込むだけじゃ私には勝てないってことだ。後続の方々には参考になったかな?」
先の魔獣が息絶えたのを見た魔獣達が通路の闇の奥からゾロゾロとやってくる。
「…あれ、予想よりも多いぞ?もしや私、全力を出さねば死ぬのでは?」
十や二十は超えている魔獣の集団を見て、エイジは自分の不利な状況を理解する。
「いや、私は対集団には向いてないから。対個人やら集団の指揮で輝く男だから。」
と、文句を言っていた、その時。
通路の奥から爆破音と、妙に楽しそうな高笑いが響いてくる。
「ハッハァ!なんかこっちにいるんじゃねぇの!?なぁ、おい魔獣共ぉ!」
「ちょ、いきなり走りだすのやめてください!こっちはあなたの爆風に巻き込まれそうになりながら…って、え!?隊長!?」
そう、ダイナの特殊な鼻を利用してここまでたどり着いた二人だ。
ダイナはどういう原理なのか、手の平から爆発を起こし、それを推進力に高速移動し、リリカはその後ろを爆風に巻き込まれながらもついていっていた。
「…なんだ。いたのはエイジだったか。なら、いいや。こいつらさっさと片付けちまおう…。」
どうやら彼は魔獣が群がっていた場所を目指していたようだが、その先にいたのがエイジだと知って、残念そうな顔をする。
そして、そのまま魔獣たちへの攻撃を再開しようとしたところでエイジからの制止の言葉が入る。
「おいダイナ、ちょい待ち。一旦状況の確認と仕事の分担をするぞ。リリカもこっち来い…って、あれ?もういない…」
現在、この二組は魔獣に隔てられた状態に位置しているため、それを超えて来いと指示するつもりが、既にリリカの姿はその場から忽然と消えていた。
と、その時
「いや、もういますよ?後ろに。」
消えたリリカの姿は、唐突にエイジの後ろに現れていた。
「え?ちょ、うおぁ!?」
突如として現れたリリカの姿に驚くエイジ。そんなことしているうちに、先程の爆破に巻き込まれた魔獣の複数の死体を見て、怖気付いた魔獣たちの中を悠々と歩いてくるダイナ。
「お前さあ…能力使っていきなり俺の傍に来るのやめない?こっちも驚くからね?」
「えー、でもこれが一番早い方法ですし…。」
「いいじゃねえか!毎回それやってんだから、エイジも慣れろよ!」
三人が集合し、何故かテンションの高いダイナを入れて敵の前とは思えない会話をし始める。
「あーもう、そんなことはどうだっていいんだよ。とりあえずはこの場を突破して残りの子供を探す。リリカはあいつを連れて先に地上に出ろ。」
が、そんな話はすぐに切り上げ、エイジは後ろにいた子供をアゴで指しながら指示を出す。
「あ、もう子供一人見つけてたんですね。了解しました。」
その指示にリリカは子供を見ながら了承し、素早く子供を抱えて通路の奥に走っていく。
それを見たエイジは、今度はダイナを方を見る。
「俺とお前はここに残って魔獣の掃討と残りの子供探しだ。子供は俺が探しとくから、お前は魔獣相手に楽しんでな。」
その指示を受けたダイナは、昂った笑みを浮かべる。
「あぁ、了解した!ここなら能力を使っても問題ないからなぁ!」
ダイナは魔獣たちの方を睨み、声高らかにそう言い放つ。
「んじゃ、任せた。探すついでに通信阻害の結界も破っとくから、終わらせたら連絡よこせ。」
エイジの指示をもとに、それぞれがそれぞれの動きを見せる。
エイジは子供を探しに駆けずり回り、リリカは子供を護送し、ダイナは大量の魔獣を殲滅しようとしていた。
その三つの中で最も早く動きがあったのが、ダイナのところだ。
「…お前らさぁ、さっきまで手を出してこなかったのは正体不明の爆破を怖がってたからだよな?」
当然、魔獣からの返事はない。が、その表情には刻まれた恐怖となおも残る微小な怒りが浮かんでいた。
「ハッ!あんだけやられても戦う気満々かよ。ならいいぜ。説明込みでもう一回見せてやる。」
そう言ったダイナは、魔獣たちと向き合い得意げに説明を始める。
「まぁ、説明すると言ってもタネは教えないけどな。ま、能力を使ってることは確かなんだから頑張れ。」
それだけ言うと、ダイナは拳を握り締め魔獣たちの群れへ突貫する。それを見た魔獣たちは即座に臨戦態勢をとったのだが。
「だぁから、俺の能力を理解しないと勝てるはずがねぇだろ!?」
ー魔獣たちのすぐ後ろ、何もないはずの地面から爆炎が舞い上がった。
爆発により、態勢を一斉に崩してしまった魔獣たちは、ダイナの強力な鉄拳ー魔力のようなものを帯びたーに片っ端から殴り倒される。
その間も、ずっと爆発は止まず絶えず魔獣たちの命を奪わんと襲い掛かる。そしてダイナはその中を切り抜け、隙を見せた者から、高笑いと共に命を狩り取る。
最早、この地下においての趨勢は決まったような状況となっていた。それでも魔獣の数を減らすのをやめないダイナの脳内に唐突に声が響き渡る。
『おい、恐らくお前のことだから今でも戦ってるんだろうが、残念なことに撤退だ。子供を全員回収した。その場の魔獣を全滅させたら俺と一緒に子供たちを運ぶぞ。』
その声は、魔力により遠距離での脳内会話を可能とした通話で、エイジからの連絡だった。
『あぁ?全滅させなくていいのかよ?またこんな面倒臭いことすんの、俺は嫌だぞ?』
その連絡の内容を聞き、戦闘しながら疑問に思ったことを聞く。
すると、返答はすぐに帰ってきた。
『少し事情が変わってな。今の状況よりももっと面倒なものを見つけた。』
その返答に、ダイナは何事かと少し考えたが、すぐに考えるのをやめ指示に従うことにした。
『…わかった。この場の魔獣は全滅させとくから、こっちに合流してくれ。』
それだけ連絡したダイナは、すぐに通話をやめて目の前の戦闘に集中する。
「すまんな、
ダイナはそう言うと途中で言葉切る。そして、そのまま両の掌を正面に突き出すと、
ー今まで以上の爆炎が通路を埋め尽くし、魔獣たちは一気にその全てを焼死体へと変貌させられる。
「これで終わりだ!俺と殴り合うには火力が足りなかったなぁ!」
と、行ったところでエイジが到着する。その両脇には計6人ほどの子供が抱えられていた。
そして、通路に魔獣たちの死体が大量に転がる惨状を見て、目をしかめる。
「…お前さぁ。魔獣相手になると熱くなっちゃうのやめない?魔獣が嫌いってのは分かったからさ。」
と、片脇に抱えていた子供をダイナに受け取らせながら文句を言い続ける。
「毎回大量の魔獣焼肉作ってさ。それを見るのは俺らだからいいけど、子供が見たら発狂モンだよ?」
止まらない文句に、さすがに痺れを切らしたのか、ダイナは子供を抱えると、すぐに逃げるように走り出してしまう。
「あ、おい待て!逃げんじゃねぇ!まだ言いたいことはあるんだぞ!」
「うるせぇ!お前は文句が長えんだよ!こんなん誰でも逃げたくなるわ!」
と、こんな感じに文句を言い合いながら二人は地下を走っていたが、意外と地上に着くまでは早かったそうな。
騒がしい言い合いが通路に響き、二人は走る。
ー地下に少しの謎を残しながら。
辺りは既に暗くなり、街には夜の明かりが点き始めた頃。
「あ"あ"疲れた。やっぱ二日酔いの状態で戦闘とかするもんじゃねぇ。」
子供の引き渡しを終えた三人は、人の往来が少なく、明かりがあまり届いていない道を、横並びに歩いていた。
「なんて声出してるんですか…。」
「そうだぞー。今回に関しては一番の功労者はエイジなんだから、もう少しシャキッとしろよ。」
と、後悔を述べているエイジを、リリカが指摘し、ダイナが猫背で歩いているエイジの背中を笑いながら叩き、労う。
「まあ、今回は無事に解決と捉えていいかも知んないけど、本命が出てこなかったって考えると憂鬱でさ。」
と、エイジは背中を叩かれながらもおす言う。
ーそう、まだ子供たちを連れ去った張本人があの下水道にはいなかったのだ。
「魔獣が子供を連れ去るはずがないですもんね…。今回はただ単純に留守だった、としか捉えるしかないですからね…。」
と、そんな事実確認をしながらも、それぞれ心の中では一様に「とりあえずは解決した」という安堵感を抱いていた。
そして、一行は話をしている間に自分たちの基地、つまりは第五小隊に設けられた支部もとい寮に到着していた。
「ま、いなかったモンは仕方ねぇよ。とりあえず今日は疲れたから寝るべ。」
エイジはそう言いながら、支部の扉を開ける。
すると、それを見たエントランスで自分たちを待っていた女性がこちらに駆け寄ってくる。
その女性がエイジの前で立ち止まると、少々焦った様子で話しかけてきた。
「あ、お帰りだわ、隊長。あー、えーと、疲れているであろうところ悪いのだけど、少し連絡しても良いかしら?」
その女性の焦った様子を不思議に思いながらも、エイジは話を聞くことにする。
「?どうした、都市警備部隊が帰ってきたから明日からまた外回りとか?」
とりあえず、一番あり得そうなことを聞くが、女性は首を横に振る。
「ううん、違うのよ。その部隊から連絡が今入って。強化個体の魔獣と交戦中に判明したらしいのだけど…。」
「らしいのだけど?」
エイジは、その話から嫌な予感を感じとったのか、思わず聞き返してしまう。
後ろにいた二人も、話の途中から何かわ察したらしく、その目から、どんどん生気が失われていく。
その様子に、もちろん女性は気づいているため、言いにくそうにしながらも言葉を最後まで発する。
「えーと、その魔獣が想定より強い、レベル3だから救援に来て欲しいって。」
そう、予想通りの救援要請であった。
社畜騎士と2つの国家の物語 マンガン乾電池(単一) @manngann1
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