第8話【父親(過去)】

俺の大好きなお母さんが死んだ。

死因は交通事故だ。

この事実は当時小学校低学年だった頃の俺にはこの世の終わりに等しい出来事だった。


「大丈夫、大丈夫だから。

俺が、俺が必ず零を立派に育てて幸せにするから!」


お母さんの葬式の日。

棺に入れられたお母さんを見て、俺の手を強く握りながら父さんが自分に言い聞かせるかのように力強く言った。

父さんの目からは大粒の涙がポロポロと落ちている。

そんな父さんのことをお母さんが死んで生きる気力が無くなっていた俺はただボーッと死んだ魚のような目で見つめていた。


◇◆◇◆


その日から数日、俺は学校にも行かずに一日中、リビングの隅に三角座りをしながらボーッとテレビを見る日々が続いた。


「ただいま!

零、今帰ったぞ。

直ぐ風呂洗ってご飯作るからな〜」


「おかえりなさい」


俺はそれだけを呟きまたボーッとテレビを見る。


「なぁ、零聞いてくれよ~今日電車でな、、、」


父さんは俺が何も反応が示さなくても毎日、笑顔で話しかけてくる。


「零、ご飯できたぞ~」


「いらない」


俺は、お母さんが死んだ日から食欲が無くなり無理やり食べてもほとんど吐き出してしまうようになった。


「そんな事言うなよ~。

俺頑張って作ったんだぞ?

ちょっとでいいんだ。

一口だけ食ってくれよ。

な?どうだ?」


「ごめんなさい」


俺はそう呟くことしか出来なかった。


「そうか。

じゃあ、お風呂入ってしっかり歯を磨いて早めに寝なさい」


父さんは優しい声色で俺にそう言う。


「はい」


俺は立ち上がり風呂場に向かう。


◇◆◇◆◇◆


「ん?」


俺は尿意で起きトイレに行き、自分の部屋に戻る途中、父さんの寝室から明かりが漏れているのに気がついた。


「~~~」


そして、その部屋から何やら声が聞こえる。

俺は、父さんの部屋の扉に近づき聞き耳をたてる。


「なぁ、彩。

俺どうしたらいいんだろうな。

零はお前が生きていた証であり、俺達の宝物だ。

大切に育てて元気な子に育ってもらいたい。でも今はお前を失ったことで心を病みご飯すらまともに食ってくれないんだ。なぁ、彩。なんで死んじまったんだよぉ。お前がいないと俺はダメなんだ。愛しの息子をちゃんと育てることも出来ないポンコツ野郎なんだ。不甲斐ない。本当に不甲斐ない。

彩。ごめんな。こんな夫でごめんな」


俺の母であり、父さんの妻であった彩の名前を呼び涙ながらに謝っている声が聞こえる。


まだ子供で自分のことしか考えていなかった俺は父さんの言葉を聞き涙が溢れてくる。


あぁ、そうか。

父さんも俺と一緒で苦しんでたんだ。

あの俺に見せる笑顔も俺を励ますため無理をして笑ってだんだ。

そして、父さんはお母さんと同じぐらい俺を愛してくれている。

生きる意味、理由はまだあったんだ。

父さんが俺のために頑張って生きてくれているなら俺も父さんのために必死に生きよう。


俺は心の中でそう誓い涙を拭い自分の部屋に戻り大人しく眠った。


◇◆◇◆


「おはよう」


「おう、零、おはよう!

朝ごはんどうする?」


父さんはいつも通り優しく元気に挨拶をしてくるが昨日の話を聞いた直後だとその笑顔は俺のために無理しているのだと思い少し複雑な気持ちになった。


「食べる」


「おう!

そうか!

座れ座れ!」


父さんはとても嬉しそうな顔をしている。

俺が全然食事を取らないことをやはり相当気にしていたのだろう。


「いただきます」


俺は椅子に座り、挨拶をしてから口に食べ物を入れ飲み込む。


「うっ!」


俺は慌てて口を抑える。


「零!

大丈夫か!?

無理そうなら吐き出してもいいんだぞ!?

病院に行って注射で栄養送って貰うことだって出来るんだから!」


父さんが俺に駆け寄り背中を擦りながら言ってくる。

それに対して俺はブルブルと首を横に振り頑張って飲み込む。


「はぁ、はぁ。

大丈夫。大丈夫だから。

俺、ちゃんと生きるから。

父さんのために頑張るから。

だから、父さんも俺のために生きて。

無理し過ぎて倒れたりしないで。

俺を一人にしないで」


ポタポタと涙が出てくる。


お母さんが死んだ日から毎日泣いているのにもかからわず涙は枯れることなく溢れ出てくる。


「ああ、当たり前だろ。

俺はお前の父親なんだからな」


父さんはそう言って優しく俺を抱きしめてくれる。


「ありがとう。

あと、父さん。

来週の月曜日から学校に行くよ。

一日中いるのは無理かもしれないけど頑張ってみる」


「そうか。

無理は絶対にするなよ。

先生にも連絡しとくから」


「うん。

わかった」


「あ!

遅刻する!

父さんはもう行くから!

ご飯もやばそうなら残していいから!

じゃあ、行ってきます!」


「いや、時間をかけてゆっくり食べるよ。

行ってらっしゃい」


時計を見た父さんは慌てて準備を再開し家を出ていく。

俺は小学校低学年にして家族の絆の大切さを心から感じたのだった。

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