第17話 通信士
子どもたちに「お話」するのは、つまりイナサとたびたびお喋りに興じるのは、厳密には麗威そのものではなくて、タキが作った「子機」なのだそうだ。
彼女の本体は区役所にあって、区長さんやナオのお母さん、ミズハ、他の探掘チームのリーダーたちと区の将来や旧文明の難しい話をしている。本体と子機は情報を共有していて、どちらが誰とどんな話をしたのかお互いに理解しているし、ふたりで話すこともできるらしい。
麗威の解説を、イナサはへええ、と口を開けて頷きながら聞いた。旧文明の技術も、説明通りに「子機」を作ったお兄もすごいなあ、と思うばかりだが、目の前の手のひらサイズの彼女も麗威であるのはわかったし、ならばなんの問題もない。
「でも良かった。麗威はひとりぼっちだから、お友達とお喋りしたいんじゃないかと思ってたけど、ちゃんとお喋りする人……人じゃないか、相手がいるんだね、よかった」
「私のお喋りの相手なら、ハードコピーも仮想人格も、必要なだけ作成できます。でもイナサ、あなたの話し相手は、お友達は、失われればそれまでです。大切にしてください。お友達は健やかでいますか?」
お友達。誰だろう。脳裏をかすめたナオの横顔はあまりに遠い。お兄はお兄だし、じゃあミズハだ、ミズハにしよう。それがいい。
イナサが一人で頷いていると、麗威が心なしかしんみりした口調で呟いた。
「私には姉妹がいたのですよ」
「姉妹? ええっと……系列機ってこと?」
「そうです。会話――通信ですが、したことがあるのはすぐ上のシリウス系011号機のみですが、014号機までが姉妹機として建造、登録されていました」
へえ。今度の吐息は、先ほどまでとは性質が違う。麗威が自分自身について語るのは珍しかった。ミズハや大人たちに質問されても、「機密です」とか「お答えする権限がありません」とか、大抵は回答を拒否していたのに。
麗威について知られていることはあまりに少ない。むしろ、宇宙船に搭載されていた旧文明の技術の結晶だという以外、ほぼ何もわかっていないと言うのが正しい。
「シリウス……この前のお話にも出てきたよね、天狼星」
「そうです。シリウスは全天で、太陽に次いで明るい恒星です。私たちが人類の標となるよう、何よりも強い希望の光芒たれと、システムのパーソナライズ担当者、
「いい名前だよね、カッコいい。ん、人類の希望……? ってことは、希望が必要な事態に陥ってたってわけ? それってさ、文明崩壊に関係のある話だったりする?」
麗威は沈黙し、やがて「申し訳ありません」と謝罪した。
「それは機密ゆえ、私からはお話しできません」
「……そうなんだ。いいよ、気にしないで。聞いてもあたしには理解できないだろうし」
と繕いつつも、イナサは内心で首を傾げる。麗威が昔のことを語りたがらない、語ってはならないのはなぜだろう。機密とは、誰が定めたものだろう。何を守っているのだろう。麗威を造ったひとか。いや、宇宙船を造るなんて、個人の力では不可能に違いない。国か大きな組織だったはず。
すぐ上の姉が011号機ならば、麗威は012号機か。014号機まであるのだから、後に――滅亡に近い時期に造られたのか。何のために? 目的地はどこだった?
タキやミズハなら、機密の隙を突くような、機転の利いた質問ができるだろうし、話すうちに新しい閃きがあるのかもしれないが、イナサには無理だ。机に向かって勉強するより、走るほうが千倍も得意なのだから。
イナサにとって、麗威は天から落ちてきた飛行機だった。管制を失い、航空機は空を飛べないままだから。
けれども、もしかすると彼女はほかの星からやってきた王子さまなのかもしれない。過去からはるばると旅してきた、ひとりぼっちでさみしがり屋の、大切なことをたくさん知っている友だち。
だから、イナサは頼む。麗威が喜んでくれれば、イナサも嬉しい。
「ねえ、じゃあお話して、麗威」
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