第7話 朗読

「みんなは、特急列車に乗り込むけど、いまではもう、なにをさがしてるのか、わからなくなってる。だからみんなは、そわそわしたり、どうどうめぐりなんかしてるんだよ……」



 二十年前、隊商キャラバンのトラックが大破したとの報を受け、救助と事後処理に向かった三区の探掘チームが連れ帰ったのが、両親を亡くしたイナサである。

 まだ発語もままならぬ乳児を「妹だよ」と宣言されたタキは、混乱もさることながら喜びで舞い上がった。イナサの無邪気な笑顔は、隊商が運ぶどんな品物よりも幸福をもたらしたし、大きな目や生えかけの小さな歯、すべすべで吸いつくような柔らかい頬は、まさに宝だった。

 一所に座っていられない落ち着きのなさは世界への純粋な好奇心だろうし、木に登って降りられなくなった、田んぼに落ちたと生傷が絶えずとも、論理より実践を重んじるのだなと微笑ましく思った。絵本を読み聞かせ、蜻蛉を捕まえ、息切れするまでシャボン玉を吹き、流れゆく川を飽きず眺めるのに一日付き合った。

 結果、兄馬鹿と指差されている。羨ましかろうと胸を張れども、無言で微笑まれるばかり。奥ゆかしいのだな、とタキはひとり頷く。

 旧文明の崩壊以降、激減した人口を補うほどの出生があったはずもなく、子どもは大切にされたから、イナサだけでなくタキも尊ばれ、愛されて長じた。

 タキの閃きと工夫、手先の器用さは身の回りのあらゆるものを遊びに変えたし、その兄の作ったおもちゃに親しんだイナサはギアをはじめ、あらゆる重機の操作を誰よりも巧みにこなす。

 イナサが探掘家になることに、タキは必ずしも賛成していなかったが、能力と適性がある者が区民の生活を支えるのは当然の義務だったから、強くは反対できなかった。おれと組む、組ませろ、の一線だけは譲らなかったが。

 なるべくして探掘家になった兄妹だと、皆の噂が聞こえてくるたび、誇らしいような、そうじゃないんだと言い訳したいような、複雑な気分になる。活発で朗らか、喜々としてギアを振り回しているイナサが、実は絵本や物語――「お話」好きだって知らないだろう、あんたたちは。

 絵本を読み聞かせるのは、タキの役目だった。共用の読書端末に保存されていたもの、保育施設や図書室の蔵書、子ども向けの本ならば何でも喜んでもらえたが、イナサがいっとう好んだのは、砂漠に不時着した飛行機乗りと、遠い星からやって来た王子さまの物語だった。表現が回りくどく、恐らく何重にも意味が込められているのだろう筋書きで、タキはあまり好みではなかったが、求められれば何度でも読んだ。

 今、その役目を担うのは物語る機械、麗威だ。区の子どもたちは無数の「お話」に夢中になり、イナサも時間があればお話をねだっている。昔はおれが読んでやったのに。嫉妬めいた気持ちはあるし、麗威に対する警戒心もある。

 二年前、イナサとナオが初めての探掘遠征で麗威を見つけたとき、ベテランたちはビギナーズラックだと笑ったが、タキはどうしても喜べなかった。とっくに探掘され尽くした近郊の廃墟で、あんな――掘り出し物が見つかるだろうか? 麗威がナオに自らを幻視させたのではないか?

 レイイ、と音声で名乗った彼女は、画面に『麗威』の文字を表示させた。漢字キャラクタ。書き手が激減したために表意文字の側面が失われて久しいが、辞書は残っている。曰く、「うるわしく、人を恐れ従わせる勢い」。

 そんな名を持つ機械が、単なるお話マシンであるはずがない。

「お兄ー!」

 イナサが扉越しに呼んでいる。鍛え上げられた腹筋が生み出す美声はいくらでも聴いていられた。「使いどころをわきまえない馬鹿」とはナオの言だが、無粋としか言いようがない。

「どうした」

「お話読んで!」

 もう子どもではないのに。面映ゆいが、断られるとは露ほども思っていないだろう、期待に満ちた眼差しに真正面から射抜かれては否とは言えない。いいや、こんなふうに頼まれて、拒絶できるやつは人の心を失っている。おれがぶん殴る。

「少しだけな」

「ありがと!」

 端末を起動させ、物語を選ぶ。何にする、とは尋ねなくともわかっていた。

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