額縁の中の現世
宮古遠
拝啓、先生
拝啓
お久しぶりです、先生。
ここ数日、寒い日が続いておりますが、先生はいかがお過ごしでしょうか。
先生に学びを得てから、もう随分と月日が過ぎてしまいました。が、今でもあの頃の、モラトリアムの中で触れた色々は、事ある毎に私の人生の指針となっています。本当に、先生には感謝の念しかありません。
さて先生。今回こうして、私が久方ぶりに先生への手紙を書くに至ったのは、先日私が、或るとんでもない『事件』に遭遇―――と云いますか、誘き寄せられた為なのでございます。然し事件と云いましても、殺人などの血生臭いものではなく、東京郊外××市、或る古い住宅の一室にて、老人が孤独のままに死を迎えた―――謂わば、「孤独死」という出来事の起こりが、総ての事件の発端なのです。
では何故、私がこの『出来事』を『事件』として先生にお伝えしているのか。それはこの老人の死の様相―――その光景が、何とも奇妙で、そして不気味で、そして―――非常に幻想的な光景だったからなのであります。
死の光景が幻想的であるというのは、少々おかしな表現なのやもしれません。ですが私には、そうした目の前の様相を、そう形容するしかありませんでした。色々の人形―――不完全な球体間接人形の身体を有する少女たちが、積もり積もった山を成し、その上で、それは見事に造り上げられた美しき球体間接人形の少女が一体、硝子ケースの中に納められ、愁いを帯びた瞳で、足下をぼうと眺めている―――その足下で、痩せ細った老人が一人、或る一つの額縁を―――白黒の、硝子ケースの少女そっくりな、球体間接人形の少女の写真を抱えたまま、不完全なる人形の山の裾野に頽れて、穏やかなる表情を浮かべ、祈るように死んでいる―――窓から差し込む光芒が照らし出す、その煌びやかな光景は、宗教画を思わせる美しさがありました。
隣の家に住む御仁は、この男がまさか人形師であったとは、こうして事態を通報をするまで、全くもって知らなかったと云います。私は私で、通報を受け、駆けつけ、目撃した光景がこれでしたから、尚更、「この世のものとは思えぬ存在が、成らずの少女の屍を糧に、生きている」―――そう、感じざるを得ませんでした。そして私の心根は、この、突然の遭遇によって、ある種の、幻覚材の詰まった瓶詰の中へ押し込められたかような、どうにも逃げ場のない、人形に対して起こりえぬ筈の感覚の発露に、陥ってしまったのです。
正直に申し上げます。
私はこの人形に。人成らずの存在に。
心底―――恋をしてしまったのです。
私は、私はおかしくなってしまったのでしょうか。
それとも―――私自身がそもそも、おかしな存在だったのでしょうか。
ですからこの事件について、是非とも先生の観点で、一つ、ご感想をお聞かせ頂ればと思うのです。そうすれば今の私―――靄の中を漂う私に、何か再び、劇的な教示を与えてくれるのではと―――そう思い至った次第なのでございます。
どうか何卒、率直な、先生ならではのご意見を、お聞かせ頂ければと存じます。
では、先生。
また―――お逢いする日まで。
(今回、この老人の手稿や、事件に関する資料を数点、この手紙と共にお送り致しております。その為に、私がこうした越権行為に踏み切った事、どうかお赦し下さい)
敬具
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