28 粉河修二

 群馬県警の粉河修二こかわしゅうじ刑事は、根来警部の部下である。三十をすぎて、いよいよ刑事として、実力を発揮してきているところである。

 生真面目な性格で無口、古風な美形なれどもどこか印象は冷たく、いつも決まって口を一文字に閉じている。そんな男だった。

 群馬警察本部の刑事部捜査第一課に粉河が配属される以前の根来警部は、一言で言えば、猛獣であった。虎である。

 人間離れした迫力の怒号を周囲にとどろかせ、一匹狼のようにがむしゃらに現場を駆けずり回り、必ず無茶をして入院を繰り返す、その姿は警察関係者の中で『鬼根来』と呼ばれ、恐れられていた。

 その根来が、粉河修二という若手が入って以来、まるで借りてきた猫である。

 無論、一般的にはまだまだ鬼警部という印象だろう。しかし、以前の根来を知る者からしたら、驚くべき変化なのだった。

 粉河修二は、知的で冷静な男である。もしかしたら、人見知りなのかもしれないと思うほど、日頃は黙々としている男だが、話しかけると適切な回答がちゃんと返ってくるという男である。

 機械的な人間かと言うとそうでもなくて、人情味もしっかりある。


 なんだか、一昔前の東北の人みたいな印象だったので、根来が出身を聞いたら、自分は群馬だけれど、父が青森、母が福島ということだった。

 それで、どうして群馬に住むことになったのかは、よく分からない。

 粉河は度々、根来に釘を刺した。もちろん本物の釘ではない。それは決して人に刺すべきものではない。釘は木材に打つものである。そうではなくて、根来の言動にカツンカツンと釘を刺していった。

 そう言うわけで、根来は粉河にどこか頭が上がらないところがあった。

 甘党の根来が、訳も分からずにブラックコーヒーの苦味に浸っていると、やれやれと呆れて、必ず「美味しくないでしょう」と言うのだった。


 粉河は、女性が嫌いなわけでも、男性に対して特別な情熱とセンチメンタルな恋心を持っているわけでもなかったが、あまり女性の影はなかった。

 誠実だし、まず男前な雰囲気がありつつの美貌の男であるが、仕事に夢中になりすぎるので婚期を逃し続けてもあまり気にならないようにも見えた。

 だから根来はハラハラしている。

 ちなみに根来は娘のすみれのこともハラハラしている。だから、根来は最近やつれている。

 祐介も気にしていなさそうな雰囲気があるので、根来は全てを抱え込んで、いよいよ寝込んでしまうかもしれない。

 人情家はお節介で、本人よりも悩みを抱えやすいものだ。


 そんなこんなで、粉河はこの日も黙々と仕事をしていたが、すぐに五色村の事件を報せを受けて、現場に急行することになった。

 出かける際、

「根来さんは休みですね」

 と捜査一課長に言うと、

「あの虎に休みなどない。朝も夜もあの男に休みなどないのだ」

 と言われて、粉河はにやりとした。

 ……粉河は現場に急いだ。

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