25 混乱
「こ、こんなふざけた話があるか!」
叔父の善次は、憤怒とも混乱ともつかぬ声を張り上げた。
「殺人が起こるだと、馬鹿馬鹿しい。口寄せは失敗したんだ!」
「口寄せは完全に成功しましたぞ」
胡麻博士ははっきりとそう述べた。
「菊江さんを思い出させるほどに完璧な霊媒だった。完全なるトランス状態になり、失神の後、託宣を行った……」
善次は落ち着かない様子でその場を歩き回った。
「こんな、こんなつもりじゃなかった、こんなはずでは……」
「殺人を起こしたいというのは……」
百合子が力のこもった声で言った。
「……菊江さんの率直な気持ちですよ。それでも、彼女にはどうすることもできませんわ。だって、月菜ちゃんの体がなくては何をすることもできない身の上ですもの」
胡麻博士は、少し身を乗り出すと、
「百合子くん、それは違う。霊は、霊媒師を介さなくてもそれなりに実力を発揮することもできるのだ」
「胡麻先生……」
声を上げたのは、歴史学者の尾崎蓮也だった。
「仮にそうだとしても、実際、何が起こるとも思えませんね。月菜さんが述べたことが仮に真実だとしても、その通りにことが起こるというような話ではなく、単純に霊の願望にすぎないものだと思います。それよりも重要なのは、託宣の前半にあった、犯人は女性だという証言です」
「その通りだ。確かに「女だった」と答えている……」
胡麻博士は大きく頷く。ところが、
「願望などではない!」
そう叫んだのは、法悦和尚だった。
「分からんのか。あの言葉は願望のように甘っちょろいもんではなかった。あの巫女は確かに三人の人間の死に方まで、はっきりと告げてゆきおったわ!」
「死に方ですって……そんな」
尾崎蓮也は、さも驚いた様子で法悦和尚を見た。
「あの意味深な託宣には、赤い色と横たわる人影とかいう言葉が含まれておった。息ができない、紐が絡み付いているといった言葉もじゃ」
「それは誤った解釈ですよ。そもそも、言葉が謎めいているので断定はできません」
尾崎蓮也は、少し苦しげにそう言うと、視線を外した。
胡麻博士は、二人の会話の途切れるのを、じっと構えて待っていたらしく、すぐさまハリのある声で、喋り始めた。
「大切なのは、霊が何の障害も残さずに月菜さんの体から出て行ってくれるか、ということですな。しかし、それもおそらく問題はないでしょう。さて、我々が今、出来ることはまず第一に死者の供養というものですな。菊江さんの魂はその言葉通り、あの世で浮かばれていないようです。ならば、供養をするのが一番です。都合の良いことに今は八月、お盆の季節ですからね」
「馬鹿馬鹿しい!」
善次は憤慨したように叫んだ。
「善次。馬鹿馬鹿しいとは何じゃ、馬鹿馬鹿しいとは!」
法悦和尚も熱り立つ。しかし、善次は構わずに悔しそうに言い続ける。
「私が恐れていたのは霊なんかじゃないんだ。そんなものじゃない、この霊媒の本当の目的は……」
「本当の目的は?」
善次の娘の絢子が素っ頓狂な声を上げる。
「お父さん、この霊媒にはどんな目的があったと言うの?」
「ち、違う……」
善次はその途端、押し黙って、うつむいてしまった。
「皆さん!」
胡麻博士が叫ぶ。
「これは驚くべきことだ。そうして、実に難しい事態になった。だが、こんなパニックが起こった時の為に、探偵の羽黒さんをお呼びしたのではないか。羽黒さんは昨日、私の講義を受けて知識もある。ここで、羽黒さんの意見を伺うのが良いと思うが……」
一同の視線が祐介に集中する。困ったなぁ、あれしきの講義で、と祐介は苦々しく思った。
「霊とか言うものについてはよく分かりませんが、そもそも、まだ何も起こってはいませんので……」
「起こったじゃないか、さっき!」
善次がヒステリックな声を張り上げる。
……確かに起こったよな、探偵としてはどうにも意見の述べられないことが。
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