24 宣託

 巫女は、胡麻博士に抱き起こされ、目を開いたが、それは焦点の定まらぬ虚ろな目付きなのであった。そのまま、地を這うように視線を彷徨わせていた。


 胡麻博士は、慎重に質問する。

「あなたはどなたですかな?」

 突如として、本人のものとは思えぬ低い声で、巫女は答えた。

「御巫菊江……」

 胡麻博士は成功だという確信からだろうか、思い切り震えていた。

 巫女は、蒼白の表情のまま、ただ地の通わぬ人形のように正座をした。そして、本当に何者かに取り憑かれたように朗々とした口調で語り出したのである。

「……あれは、忘れもしないあの日のことだ……私は……私に歩み寄ってくる人影を見た……その時……包丁が光っているのを見たのだ……そうだ……それから私は血が噴き出すのを見た……そうして血に染まった自らの体を見たのだ……その時、私の目の前に人が立っていた……」

 胡麻博士は慎重に尋ねる。

「男でしたか、女でしたか、誰でしたか」

「……目の前に立っていたのは女だった……それから……私は暗闇の中に……私は暗闇に包まれた……」

 座って見ていた一同はざわめいた。これこそ、殺害された時のことに違いないという確信が一同を襲った。


 それから、しばらく、巫女は視線を彷徨わせていた。そして、幾分、前よりももっと低い声の高さで、それこそ、血を吐くような恐ろしい憎悪に満ちた声で叫んだ。

「……八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう! ……八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか……八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか……! 八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう……これから殺されようとしている……憐れな者ども」

 その言葉を聞いて、叔父の善次は身を乗り出すと叫んだ。

「なんだって……おい、何を言っているんだ……これから、誰かが殺されるというのか!」

 信也は驚いて、善次を見た。すぐに、

「叔父さん! 口寄せ中は発言に気をつけて下さい!」

 と叫んだ。しかし、信也もまたひどく驚いた様子で巫女を見つめるのだった。

 巫女は低い声で繰り返す。


「……八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか……八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう……これから殺されようとしている……憐れな者ども」

 祐介は、巫女のその言葉に、少し疑問を感じて根来の顔を見た。根来もあまりのことに鋭い視線でこの様子をじっと睨みつけていた。

 それから巫女は青白い表情で、しばらくの間、床をじっと見つめていたが、また震えた低い声で、口を開いた。

「そうだ……三人だ……三人いる……見えるぞ……赤い色……その下に横たわる人影が見える……流れ落ちる……溢れかえる」

 そして、巫女は震えた声でさらに続ける。

「……見えるぞ……白に……黒の……そして……ご……ご……ご……私には見えるぞ……その人影が……」

 祐介は「ご」とは何だろう、と首を傾げた。思わず胡麻博士の顔を見た。胡麻博士は目を見開いて、巫女の顔を見ている。

「……そして……息も出来ぬ……紐が絡み付いている……まっすぐな光が見える……最後の人影はどこにも見えない」

 そう言うと、巫女は白目を剥いて、くらりとバランスを失うと、床に倒れた。巫女は意識を失った。そこから先は深い眠りであった。


託宣オラクルが終わった……」

 胡麻博士は震えた声でそう告げると、一同の方を向いた。

「月菜さんは、別室に寝かせておきましょう。皆さん。これは驚くべきことだ。霊は事もあろうに殺人の予言をしていった。口寄せは、まったくの成功だが、同時にまったく違う大きな問題を残していった……」

 根来が立ち上がる。巫女を運ぶのは体格的に根来が一番適していた。善次もがたいは良いが、脂肪も多かったので却下だった。

 根来は、巫女をひょいと抱き上げると、哲海の案内に従って、部屋を出て行った。

 胡麻博士は、興奮した様子で、祐介の方へと歩いてきた。

「羽黒さん。あなたも見ただろう。これこそ真の霊媒だ。一点の疑う余地もない」

 祐介は、

「ええ、確かに、なかなか興味深いものを見せて頂きました」

 と述べると、また考え事をするように黙ってしまった……。

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