18 胡麻博士の霊媒講義
その時、ドアがノックされた。
「胡麻ですが」
その言葉に、祐介と根来は顔を見合わせた。
「なんだ、どうした」
「胡麻博士の心霊講義が始まりますね」
「なんだって……じゃあ、俺はこれで失礼しよう……」
根来はそう言うと、せかせかと資料を鞄にしまって、立ち上がり退室しようとした。ドアを開けると、胡麻博士が立っていた。胡麻博士は根来の顔を見ると、ぱっと顔が明るくなって、
「あっ、根来警部じゃないですか。お久しぶりですなぁ!」
と叫んだ。
「……どうも」
「これから私の講義が始まるのですよ。良い機会ですから、どうぞ根来さんもご一緒に……」
「いえ、私は忙しいもので……」
「ところで、なぜ五色村に来られたのですか?」
そこで、祐介がすかさず、
「捜査協力をしていただけるそうなんです。明日の月菜さんの口寄せに備えて……」
「ほうほうほう」
胡麻博士の瞳が輝いた。
「それならば、なおのこと、この講義を受けた方が良いですな。どうぞ、ささ、根来さん、そこにお座りください……」
「いえ、私はその……」
「根来さん、聞いた方がいいですよ? あまりよく心霊のことを知らないでこの事件に関わると、それこそ祟りにあいかねませんからねぇ」
「……そうなのですか?」
根来はそう言われると途端に怖くなってくる。祟りか。それならば一応、聞いておいた方が良いのだろうか。
「根来さん、話を聞いておきましょうよ」
「ああ、そうだな。祟られちゃかなわんしな……」
胡麻博士はずかずかと立ち入ってきて、畳の上に座り込んだ。祐介と根来はおずおずと横並びに座った。
胡麻博士は、少し緊張した面持ちで、コホンと咳払いをした。いかにも、これから内容のある講義をしようとしているかのようである。そして一言。
「……先に言っておきますが、途中の退室を禁ずる」
その言葉に祐介と根来はなんだか青ざめていった。
「今回はシャーマニズムということで、色々と話さなきゃならんのですがね。そもそも、お二人はシャーマニズムについてどれほどの知識があるのか、気になりますな。ちょっと確認問題を出しましょう」
「ええ」
「羽黒さんは、シャーマンの語源はご存知ですかな?」
「なんですかね、根来さん?」
「俺に聞くなよ、知らねえよ」
胡麻博士は爛々と光る眼差しで二人を眺め回してから、
「中国の古文書に「薩満」という異民族がいたことを示す記述が残っているのです。これが、いわゆるシャーマン的な宗教儀式を行っていたらしいのです。満州からシベリアにかけて、このような異民族がいて、この民族をトゥングース語でサマンと呼んだ……」
「はあ」
祐介は今、語源なんか知る必要はないだろう、と思った。
「何かご不満がありそうなお顔ですね」
「いえ、その、シャーマニズム自体がよく分かりませんので……」
「ああ、そうですか、まあシャーマニズムというのは、霊を下ろして憑依させたり、魂が身体を抜け出して天界を彷徨ったりするような宗教行為ですね。ちなみに日本のシャーマンは、東北においてはイタコ・ゴミソ・カミサマ・イチコ・ミコ・ワカ・オガミン、沖縄においてはユタ・カンカカリャ・ムヌス・ニガイピトゥ、関東ではモリコ・ワカ・アズサ・オオユミ・ササハタキ、中部地方ではノノウ・マンチ・モリ・ヨセミコ・イズナ……」
祐介と根来はうつむきながら思った、なんだこの時間は、と。胡麻博士の知識は延々と披露される。
「近畿・中国地方ではタタキミコ・アルキミコ・ミコ
・ナオシ・トリデ、四国・九州ではイツ・イチジョウ……」
「ちょっと待って下さい!」
たまらなくなって、祐介は叫んだ。
「つまり、そうした巫女たちが何をすることがシャーマニズムなのでしょうか」
胡麻博士はちょっと不満そうに、
「もう内容に入ってしまいますか。嫌だなぁ。祟られますよ? まあ仕方ないか。嫌だなぁ。本当に。ええ、シャーマンは儀式を通して、トランス状態になるのですな。いわゆる恍惚状態というやつですな」
「つまり、それはボケーっとするのですか、それともハイになるのですか?」
根来はめんどくさくなって尋ねた。
「根来さん。そんなことはどうでもいいのです。あなたの発言からは心霊現象を信じていない匂いがぷんぷんしてくるのですよ。けしからん。問題は、その時に魂がどうなっているのかということです。それで、二つの説が考えられています。ひとつは魂が身体から抜けることで、エクスタシー体験と言います。そして、もう一つ、霊が憑依することをポゼッション体験と言うのです……」
なんだか、とんでもないことを説明されていると思いながら、二人は落ち着かずに体を揺すっていた。
「どちらの体験が本当なのか、これは説が分かれるのですが……私の説では、まず魂が身体から抜け出すエクスタシー体験が起こってから、空になった身体に霊が乗り移るポゼッション体験が起こるのだと、考えているのです……まあ、この二つの体験はどちらも、シャーマンの儀式の最中に起こるものなのです」
胡麻博士は熱を帯びた話し方だったが、何か顔が青ざめていった。そして、震える声でこう言った。
「……少しはシャーマニズムについてお分かり頂けたかな。そして、私はこの村で天才霊媒師を見たのです」
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