3 胡麻博士

 その声の持ち主は、胡麻ごま博士であった。白い髭で顎を囲んでいる。丸眼鏡をかけて、額は広くなっている。小さくも、鋭い目つきが丸眼鏡の奥で、妖しげなオーラを放っている。

 彼の顔を見ると、とても単純に民俗学者と言い当てることはできない。妖怪博士とか、心霊博士という方がよっぽど言い得ている気がした。

「胡麻博士ではないですか。東京では、お世話になりました」

 祐介は笑顔でそう言う。しかし、胡麻博士は笑わない。また乾いた声で、

「あなたも下見ですか」

 と尋ねた。

 胡麻博士の威圧的な雰囲気に幾分、気が引けて、祐介は苦笑いをした。


「先ほど、例の巫女さんを見かけましたよ」

 胡麻博士はそう言いながら、丸眼鏡をちょいと直した。

「本当ですか」

「私が嘘をつくはずはないでしょう。それよりも羽黒さん、明日ですよ」

 明日ですよ、という言葉にはやけに重い響きがあった。

「ええ。明日、口寄せですね。胡麻先生、僕には口寄せというものがよく分からないのですが、少しだけ、教えて頂けませんか」

 祐介のその言葉に、はじめて胡麻博士は口元を少し緩めた。


「そうですか。感心ですな。しかし、あなたは探偵だ。もっとも科学的でなければならないはずの人間だ。そのあなたが、この私の講義を聞きたいというのですかな」

 その言い方には、少しばかり冷たく、皮肉っぽい響きがあった。しかし、その響きとは裏腹に、胡麻博士はさも面白そうに語り続けた。

「まあ、あなたが心霊現象を信じるか否かはこの際、問題ではない。あなたは八年前に起こった例の事件の犯人を探し求めている。その為に、シャーマニズムに関する基本的な知識を得たいという程度の希望であれば、すぐにでも、お力になれることでしょう。私としても、この村の巫女のことを研究したことはありませんが、それぐらいのことならば……」


 何やら、長々しい説教が始まりそうな予感がする。なんでこんな前置きがつくのだろう。ちょっと聞いただけなのに。

 祐介は苦笑いを浮かべて、

「はあ」

 と心のこもっていない相槌を打った。

「しかし、羽黒さん。あなたはこのお寺の下見に来ているのだから、それを済ませてしまった方が良いでしょうね。それに、十分や二十分で語れる話でもない。羽黒さん、どこに泊まられるのですかな?」

 どこに泊まられると言ったって、この村には、参道沿いに古びた民宿が一つあるだけである。

「五色荘です」

「ほほおっ、奇遇ですなぁ!」

 胡麻博士は、そこで、はじめて愉快そうな笑顔になった。

「私も五色荘に泊まるのですよ。ふふふ。それでは今晩、私の部屋で、心霊講義を聞いてもらいましょう!」

(嫌だよっ!)

 と祐介は、想像して冷や汗をかいた。古びた民宿の一室に、この妖しげな胡麻博士と二人。そこで心霊講義を聞かされるなんで……。

「あの……やっぱり、昼間にしませんか、それ……」

「昼間……? 羽黒さん、あなた、一体何を言っているのですか……」

 そして、胡麻博士はさも不満げにこう言った。

「昼間に心霊を語っても、何も出やしませんよ……」

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