拳豪美姫は平穏に暮らしたい ~それでも難はやってくる!~
ラウンド
第1話 序:拳豪美姫の始まり
昔々、と言う程でもないくらいの昔。ある所に、三つの種族が存在する世界があった。
一つは人族。その世界でヒトと呼ばれる種族。
もう一つは天神族。いわゆる神や、龍神、精霊などと呼ばれる種族。
そして最後の一つは魔族。いわゆる魔神や、天魔、妖魔などと呼ばれる種族。
三つの種族は、古来より互いに研鑽を積み合い、力ある強きものは、力なき弱きものを助け、時には互いに争ったが、無用の動乱を生む存在があれば、協力してこれらと戦ってきた。
ある時。この世界に、世界制覇をもくろむ悪賊が現れた。酷い掠奪が行われ、世界は混乱の渦に叩き落された。
だが、それらの長は、天神族や魔族から力を授かった、二人の人族によって打倒された。
一人は、長大な剣を振るう筋骨優れた壮麗な男性剣士エヴァン。もう一人は、磨き上げた己の体術で戦場を舞う美しき女性拳法家アヤカ。いずれも元は無名の戦士である。
その後、悪賊を正面から打倒した二人を、全ての人々は英雄と称え、エヴァンには「剛剣無双」の称号を、アヤカには「拳豪美姫」の称号が贈られた。
かくして、世界に一時の平和が訪れ、そして英雄二人は、戦いで得た天神族や魔族の力を磨くべく、いずこかへと姿を消したのだった。
それから、半年後のこと。
とある小さな町の外れに、アヤカが居を構えた所から物語は始まる。
森の中を、一人の少女が息を切らしながら走っている。
「だ、誰か……!」
その少女は、森の中を逃げていた。その背を、妖魔種の悪賊種、人々からはイヴィルゴブリンとも呼ばれている集団が追いかけている。彼らは、手に棍棒を持ち、明らかに少女を害する意思を示していた。
「誰か……あっ!」
余りに慌てたからか、少女は足をもつれさせて転倒してしまう。
「ああ、いや……」
少女に迫る、イヴィルゴブリンの集団。棍棒を振り上げ、顔には下卑た笑みを浮かべている。組み付かれれば、どのような結末が待っているのか、容易に想像できた。
少女は、表情を恐怖に引きつらせる。
「誰か……誰でも良いから、助けて!」
あらん限り少女が叫んだ、その時だった。
「誰でも良い、ねぇ。それだと悪人も来てしまうよ? お嬢ちゃん」
「え?」
少女の背後から、やけに落ち着いた女性の声が聞こえた。その声に不意を打たれ、イヴィルゴブリン達が足を止める。
全員の視線が、少女の背後にある、木の向こう側へと集中した。
「まあ、私はどちらでもないけども」
再びの声。直後、木の陰から、その声の主が姿を現した。
さらりとした銀髪に、鮮やかな朱色の瞳が特徴的な女性で、動きやすく改良された、民族衣装のような拳法着に身を包んでいる。
そして、全身からは何か、静かな気配を放っていた。
「助けてと言われれば助けるのが、まあ、人情と言うものだろうね」
そう言うと女性は、イヴィルゴブリン達に体を向け、歩き、悠々と立ち塞がった。
「―――――!」
イヴィルゴブリン達が、何ごとかを叫んでいる。内容は分からないが、乱入者の女性に敵意を向けていることだけは確かだった。棍棒を振り上げ、仲間同士叫び合っている。
その度に、少女はどうしようもなく竦み上がって、身を震わせる。
「お嬢ちゃん。少しの間、目を瞑って居なさい。直ぐに終わらせるから」
しかし、女性は声に動じるどころか、イヴィルゴブリン達をゆっくりと見据えつつ、少女に向けて優しく声を掛けた。
「え? は、はい」
言われるままに、少女は目を閉じて防御姿勢を取る。
「よし。それじゃあ、始めるか!」
そして、そんな女性の声が聞こえた次の瞬間。
まるで風船が破裂するような音と、イヴィルゴブリンのものと思われる絶叫が、辺りに響き渡った。
そんな音の繰り返しが、後に数回ほど続き、そして、辺りに静寂が戻った。
「もう、目を開けていいよ」
ふと、女性の声が耳に届き、少女は目を開けた。
すると、先ほどまでイヴィルゴブリン達が居た場所には何も居なくなっていた。
ただ、地面には何か物体が擦れたような跡が少しと、近くの木の下で、粉々に砕け散った棍棒を抱えて、プルプルと身を震わせているイヴィルゴブリンが一匹、残っているだけだった。
「いったい……何が?」
余りの変化振りに唖然とする少女。
「奴らを、ちょっと強くブッ飛ばしただけさ。もう襲ってこないだろう。立てる?」
目の前に手が差し伸べられる。
「あ、はい」
素直に握って、立ち上がった。
「その。助けて頂いて、有難う御座います」
「いや、礼には及ばない。私が助けたかっただけだから。ところで。君は、この近くにある街の子かい?」
少女の礼を軽く受け流し、女性は彼女の目線に顔を合わせながら、問いを発した。
「あ、はい。ここにはよく、薬草を摘みに来るんです。そうしたら、さっきの魔族に襲われて……。いつもは、こんな所になんて居ないのに」
そう言って、少女は少し俯く。
「なるほど。それは怖かったね。よくここまで耐えた。えらいえらい」
俯いた少女の頭に、手が乗せられる。そして撫でられた。
「えっと……」
「ああ、ごめん。つい癖で……えっと」
「あ、私、マリンと言います。貴方は?」
少し恥ずかしそうに顔を上げた少女の前で、女性もすっと立ち上がる。
「私はアヤカと言う。見ての通り、流れの拳法家だ。どうぞよろしく」
そして、透き通るような声音で、そう自己紹介をするのだった。
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