第二の拳銃(あいぼう)

冷門 風之助 

ACT.1

『・・・・結構』


 山中銃砲店の主、山中五郎。通称”オヤジ”は、俺が書き終えた書類を端から端までチェックし、都の公安委員会発行の書類を全部点検すると、俺の出した”相棒”S&WM1917を受け取ると、いつもの様にブスっとした声でそう言った。


 何だか脇の辺りに冬の冷たい風が通り抜けたような、そんな心もとない感じがする。


 続けて”オヤジ”は腰を屈め、金属製のケースをやけに重々しく取り出し、カウンターの上に置き、首からぶら下げていた鍵で蓋を開け、中身を取り出した。


 中から出てきたのは黒光りするやけに古臭いリヴォルヴァー・・・・コルトM1917アーミーである。


『ほんとにこんな骨とう品でいいのか?』


 上目遣いに俺の顔を見上げ、弾倉レンコンを出し、ケースの横に置く。


『お前がオート嫌いだというのは分かってるから、最新式のリヴォルヴァーを幾つか揃えておいたんだが』

 と、ぶつぶつと愚痴るような声を出した。


『言ってなかったかな?俺が芦川いづみのファンだってさ』


 ちっ、と彼は軽く舌を鳴らす。


『兎に角、大事に扱ってくれよ。婆さんなんだからな』


 俺は苦笑しながら弾倉レンコンをもとに戻し、ホルスターへとしまった。


(相棒よ、まあ暫くゆっくり休んでくれ)


 そう呟くと、俺は店を出た。


 

 俺達私立探偵は、


『私立探偵業法』という縛りがある。


 かせをはめられて生きるのは、正直言って好きじゃない。


 しかし、そうしないと認可証ライセンスを取り上げられて、明日からロクな仕事が出来なくなる。


 当然、そうなれば好きな酒だって呑めない。


 痛しかゆしというところだ。


 この探偵業法によれば、私立探偵は一人につき一丁のしか所持してはならない決まりになっている。


 しかし、もしその業務用拳銃(どうも好きな呼称じゃないな。ってのが一番フィットするんだが)が壊れ、尚且つどうしても拳銃を必要とする仕事を請け負わざるを得なくなった時、探偵はどうすればいいか?


①まず、都道府県下の公安委員会(つまりは警察だ)に届けを出す。

②届が受理された段階で、指定業者に出向き、代わりの拳銃を借り受ける手続きを取る。

③その上でまた警察に出向いてその拳銃の種類及びシリアルナンバーを届け出る。

④そうして再び業者に行き、そこで初めて代わりの拳銃を手にする。


 面倒臭いだろ?


 俺もそう思ってる。しかし『』なんだから仕方がない。


 つい最近、俺はどうしても拳銃を必要とする仕事を依頼された。


 ところが、である。

 

 こんな時に限って、俺の相棒、つまりS&WM1917がしまったのだ。


 俺だって一応プロなのだから、自分で何とかしようと試みてはみたものの、どうあがいてもいう事を聞いてくれない。


 まったく、年増女のお守りにも世話が焼ける。


 そこで俺は山中のオヤジの店に行き、修理を頼み、あの鬱陶しい、


『所定の手続き』とやらを経て、代わりの『相棒』を確保することにした。


 しかし幾ら『代わり』だからって、自分に合わないのと組むのは真っ平御免だ。


 オート?

 俺にはちょっと扱いづらいな。

 

 リヴォルヴァーであっても、グラマーでド派手なだけの、昨今のハリウッド女優みたようなのはお呼びじゃない。


 何とかチョイスして貰って、ようやく見つけたのが、


『コルトM1917アーミー・リヴォルヴァー』だった。


 武骨で愛想はないが、これなら前のS&W《かのじょ》と同じだ。

 オヤジ曰く、

基地ベースの士官様が売っていったものだ”という。


 弾丸たまも.45ACP弾が使える。


 警視庁の射撃場にも出向き、試射もやらせてもらった。


 女は見かけだけじゃ分らんからね。


 幾分トリガーが若干嫌いはあったものの、さして気にすることはない。


 その時の俺はそう思っていた。


 今から考えれば、それがとんでもない失敗だったんだな。



 依頼そのものが来たのは、今から一週間ほど前、11月に入ってすぐの事だった。


『自分の息子がどうやらストーカー行為をやらかしているようだ。大ごとになる前に止めてくれ』という、ある父親からのものだった。


 息子はある女性アニメ声優に夢中で、彼女に何度かファンレターも送り、サインを一度貰い、イベントにも度々出かけていたのだが、当たり前だが、そんなものが『男と女の関係』なんてものに発展する筈はない。


 向こうにしてみりゃ『1000分の1のファンの一人』でしかなかったのだが、彼はそうは思わなかった。


 あちこちに顔を出し、送り続けるメールやファンレターも、

『それ以上』の域を超え始めた。


 無論警察に相談もしたが、しかしせいぜい地域課の巡査おまわりがやってきて、とうとうと説教をして帰った程度だったという。


 確かに彼は『誓約書』は入れたが、そんなことで済むとは思えない。


 勤めていた会社を辞め、自宅に半ば引きこもり状態になってしまった息子が、ネットで拳銃を手に入れたことを知った時、一緒に暮らしていた両親は、


『何とかせねばならない』と決心し、俺のところにやって来たという訳だ。




 


 


 

 


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