魔法少女アガメムノン

@admits

第1話 火炎怪人モロトフの恐怖!

「ガーッハハハハハハ!!逃げろ!俺を恐れよ!この町はこの火炎怪人モロトフが破壊してやる!!」

人間離れした姿の怪人が高らかに笑う!彼が掌から放つ火球が着弾し、爆発を起こす度に、人々の混乱と恐怖は増すばかり!モロトフはわざと人間には当てずに、空いたスペースを爆破している。恐怖を煽る為だ!普段奥ゆかしく譲り合って生活している町の人々が互いに押し合って逃げている、その醜い様を見ることが、怪人達にとって何よりの楽しみなのだ!

「フゥーッ!まあ、こんなものか!」

広場にはもう人がいない。どうやら皆逃げたようだ。これから少しづつ、爆発によって人々を町の真ん中へと追い込む。そこに、他の怪人達によって追い立てられた人々が合流する。もはや逃げ場がなくなり、混乱の極みに達した所で、一人づつ惨殺していく。そのことを思い浮かべただけで、彼の心は快楽に貫かれるのだ。

(たまらねぇたまらねぇッ…!怪人になって良かったッ!もう今までのくだらねえ俺じゃねぇ!どんな偉い奴も金持ちも俺の力には敵わねぇんだ!!)

「ヒヒヒ…ハハハ…!」

彼は、自らの掌に火球を発生させた。凄まじい熱を圧縮した球の表面が、風で揺らぐ。このちっぽけな、ゴルフボール大の球体が、彼を超越者へと変えた。紅く煌めくプラズマを眺めていると、あの輝かしい日々が思い出されてくるのだ。『あのお方』がお出ましになり、力と名前をお授け下さったあの日。あの日彼は、神になったのだ。

(もう俺は誰にも邪魔されねぇ…クズ共を羽虫のように殺して殺して殺しまくってやる…俺にはそれが出来る!!)

そう決意を新たにしていると、突然、火球の形が歪み始めた。

「ア…?何だこりゃあ…?」

伸びたり縮んだり、激しく揺れたかと思えばピタッと静止し、最後には消えてしまった。

「ッ!?何、がッ…!」

突然喉が締まった。

「動くなァ〜、」

背後から若い女の声がする。モロトフがそちらに顔を向けようとすると、

「ガフッ!!」

顔面を蹴られた。思い切りだ。

「動くなっつったろ、前向いてろボケ」

「だ、誰だ貴様ッ!こんな事…」

喉がさらに締まる。

「うぐェッ!!」

「お前今の自分の立場分かってんのかァ〜?今お前の首に絡まってんのはピアノ線だぞ?普段はワイヤーなんだけど…切らしちまってなァ、だがお前を殺すには十分だぜ?」

女の嘲笑混じりの脅迫はどこか軽薄で戯れめいていたが、怪人を恐怖させるには十分な説得力を持っていた。

「ッ…!」

「そ〜だ!ピアノ線と言えばよォ〜、お前『名探偵コナン』読んだことあるかァ?」

「は、はあ?」

「ねぇか?アレの第一話でよ、ジェットコースターにピアノ線張って首を切断するシーンがあんだよぉ、ありゃグロかったなァ〜!」

この女は何を言っているのか?モロトフはその意図を図りかねた。女は呆然とする怪人の顔を覗き込んで、

「あっ、こんな事言ったらネタバレになっちまうか!でもまぁ良いよな?どうせこれから読む事もねぇんだしよォ!」

喉にピアノ線が食い込み、血が滲み出る。

「あぁ、がッ…!何、でッ…何で…!?」 

炎が出ない。いくらエネルギーを込めても形にならない。それどころか全身から力が抜けていくようだ。

「小細工は無しにしようぜ、アンタも私も。そういう魔法だからな」

「な、何ッ?どういう…!」

「あがめは『自らを中心とした一定範囲内の能力を無効化』出来るのさ」

突如、女の肩に現れた小動物が喋りだした。もっとも、前を向いているモロトフはその事を知らない。

「それよりあがめ、早く倒しちゃってよ!」

「ああ…分かってる…分かってるよ!…でもその前に!」

ピアノ線の締め付けが緩む。

「っは!…ハァ、ハァ、ああ…」

「これから質問するよ!いいかナ〜?」

あまりに突然のピンチで戦意を喪っていたモロトフだったが、女の嘲るような調子に怒りが蘇ってきた。

「ふっ…ふざけるな!誰が貴様なぞに…!」

また首が締まる。

「あがあッ!…ぐ、ゔえ…!」

「おうおうお前さァ、今そう言う事ほざけるのは誰のおかげだァ?」

ピアノ線はキリキリと音を立て、喉にかかる力は増すばかりだ。

「私がピアノ線緩めてやってるからだろぉがよ!!違いますかァ〜?」

「ま、ま、待て!わ、分かった!話すよ!」

動きが止まった。

「…物分りが良いヤツは大好きだぜ?」

喉に一気に酸素が流入し、咳き込む。

「ゲホッ!そ、それで?何が知りたい!?」

この女が何者で、何をしたがってるのかは分からないが、今は言う事を聞こう。そう思い直し、モロトフは女の方へ顔をねじ向けた。

そこで初めて女の顔を見た。まだあどけない少女の、無邪気な表情がそこにはあった。モロトフは思わず声を上げそうになった。まだ中学生程ではないか?そこで女が言う。

「『ジルコニア』…って知ってるかァ?」

「は?…じ、『ジルコニア』…」

(な、何の事だ…?い、いや!しかしここで『知らない』と言ってしまえばその場で殺される!ならば…)

モロトフの怪人頭脳がフル回転し、生存する為のあらゆる方策を練り上げては潰した。この状況においても尚これだけ頭が働くのは、さすが組織内でも一目置かれるルーキーと言うだけはある。彼の持つ世間に対する激しい劣等感は、ただでさえ強力な彼の能力を更に成長させ、幹部になる可能性さえ秘めているのだ。

(そうだ、『ジルコニアに関する情報が隠された場所に連れて行く』と言えば…!その場で逃がしてくれるとは思えんが、とりあえずピアノ線からは逃れられる!隙を見て能力の有効範囲から脱出するチャンスが生まれる)

彼自身も、自らの可能性に気づいている。だからこそ、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。

「き、聞いた事がある!『ジルコニア』…確かに聞き覚えがあるぞ!そうだ、案内しよう!情報が隠された場所を知っている!」

女は鷹揚に頷くと、

「よ〜し!でも、もういいから!」

「…は?何、ぐぶおッ」

喉が締まった。表皮が切れ、脊髄が損傷する程の力でだ。怪人は窒息死した。

「あれ、聞きたい事があったんじゃないのかい?」

ハムスターめいた生き物が言った。

「ああ、いや…明らかに『知らない』って顔したから…もういいかなって」

「そうかい…まぁ良いさ、合流しよう!」

それから数分後、街の真ん中に3人の少女が集まった。それからまた数分後、3人は高層ビルの前に居た。『セイジョウ社』。受付嬢は、ビルに入ってくる3人の姿を見た。茶髪と、青髪と、金髪。茶髪の少女は怪人を締め殺した魔法少女。名は金代あがめ。やけにファンタジックな服を着ている。他の2人と言えば、まず青髪の方は和装である。腰には短刀を手挟み、時代劇中の女武道そのままと言った風情だが、目つきはどこか無気力で、顔も覇気に欠ける。金髪の方は簡素で露出度の高い装束を身にまとい、褐色の肌も露わだ。南方部族風の呪術仮面を被っている。そして何より目を引くのは、背中に背負ったオベリスクめいた巨大石槍である。しかし、受付嬢に動揺の気色は無い。顔なじみなのだ。すぐに社長室に通される。

「ふうん…ふん。なるほど…?」

社長室の机にはドス黒い結晶が3つ置いてあり、それを手に取って吟味しているのが、魔法界の女神にしてこの『セイジョウ社』の女社長、バーバヤガだ。

「ま…こんな所かな」 

結晶を秘書に渡し、その代わりに3つの薄い札束を置いた。青髪と金髪はそれを受け取ると、一言も喋らずに退室した。残ったのは、あがめ一人だ。あがめは不満げに言う。

「どーゆうこったよ」

「どうって、何が」

机を叩く。

「あのな!私が仕留めたのは組織内でも期待のルーキーと言われていたヤツでな…」

「でも楽な仕事だったでしょ?」

言葉に詰まる。

「い、いや、そういう事ではなくてだな、つまり私が犯したリスクを鑑みて…」

「イダテンちゃんとオニャンコポンちゃんは何も言わずに帰ったわよ?」

表情が歪む。明らかに形成不利だ。

「うっ…わ、私に言わせればアイツらと私の負担はどう見ても…いや、もういい…」

「あら、そう?」

胸元の宝石を指で叩くと、装束は光の粒になって消え、普段着に変わった。黒いジャージの上からくたびれたトレンチコートを羽織り、頭には縒れた鳥打ち帽。

「帰る」

「その方が良いわね」

意気消沈してビルを後にしたあがめは、すぐ近くにある『事務所』に入った。

「よう!」

ソファに腰掛けていた目つきの悪い男が立ち上がる。

「こりゃあ…どうもあがめさん」


「はいよ」

あがめが、先程貰った札束を帯も外さずに渡すと、目つきの悪い男は無言で受け取り、枚数を数えて、

「へい、確かに」

と言ったものだ。早い話が、借金の返済なのである。

「じゃ…これで。また借りに来るよ」

顔をしかめた男が、背を向けたあがめに気遣わしげに言う。

「あがめさん…何もこんな所に借りに来なくても…あっしが個人的にいくらか都合すりゃあ済む話で…」

あがめが振り向き、そのままソファに座る。

「それは駄目だよ…なんか、ほら、スジが通らないじゃない?」

男がため息混じりに返す。

「『スジ』ですかい…今時流行りませんぜ」

「時流に逆らって意地張ってるアンタがそれを言うかい、私に」

「そりゃお互い様ってヤツで」

あがめがわざとらしく驚く。

「私がぁ!?今時こんなに素直な15歳はどこにもいないぜ!」

「『欲望に』…ですかい」

少女はにやりと笑う。

「それこそお互い様だよ」

そう言って盆の菓子を3つ掴み取ると、1つを食べ、残りをポケットにねじ込んだ。

「じゃ、本当に帰るから!」

「もう行くんですかい?まだ行かなくても…何なら飯でも用意させましょうか?」

「いいの、ちょっと用事があるから」

そう言って事務所を後にしたあがめがその足で向かったのは、とある作業場だった。シャッターを開け、奥に向かって呼ばわる。

「お〜い!ジジイ!いるかい?」

「相変わらず年長者に対する敬意が足らんなお前さんは!」

奥から1人の老人が現れた。

「ワイヤー、出来てる?」

「ああ…そこに置いてあるわい、勝手に持っていけ!」

あがめは木箱の上に置いてあるワイヤー2ロールを、無造作に手に取った。このワイヤーは他の大量生産品とは全く違う。凄まじい強靭さとしなやかさを両立した特注品なのだ。

「ふむ…」

あがめはリストバンドから小さなナイフを展開すると、ワイヤーの先端を噛んで固定してから、ほんの少しだけ切った。

「相変わらずどういう技術なんだよこれ…」

このワイヤーはいかなる手段を以っても傷つける事ができないが、ただ一つ、同社製のこのナイフによってのみ、切る事が出来るのだ。

「ま、いいや!金はここに置いとくぜ!」

ポケットからしわくちゃになった紙幣を取り出して置いたのを見て、老人が顔をしかめる。

「金はもう少し大事にせんか!だから金に嫌われるのじゃ!」

「うるせぇ、所詮金なんざ『道具』なんだ、優しく『おもてなし』してたらいつの間にか金に遣われちまう!」

老人は深いため息をついて、頭を振った。

「『道具』ならなおさら大事にせんか!その『アラクネ』も…」

と言って少女の手にあるワイヤーを指す。

「大事に使わんから肝心な時に切らしてピアノ線なんぞで代用することになるんじゃ!」

「はいはい分かった分かりましたよ!」

あがめは這う這うの体で説教から逃げ出すと、ふと空を見上げた。

「くっそ…何なんだよマジで」

雨が降ってきたのだ。慌てて路地を抜け、ガソリンスタンドやコンビニを通り過ぎて行くと、レストランの明かりが目に入った。ぎゅるる。腹が鳴った。

「…」

ポケットを探る。念入りに、念入りに探る。

それから大きくため息をつくと、霧雨の降りけぶる道を、踵を返してコンビニに向かった。

 

おわり

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