第6章

第68話 女神見習い、精霊に懐かれる?(1)

 

 ひと月近く滞在したアルさんが帰ってから少し寂しさを感じつつも……納品に行かなければ……

 いつものように買い物やポーションの納品を兼ねて街へ行くため、家から浅い森に瞬間移動して草原からひたすら歩く……


 「やっと着いた……はあ、疲れた。草原は見晴しがいいぶん瞬間移動したら目立つんだよね……」


 早々とギルドに納品を済ませ、買い物をしつつ……アルさんが帰ってから少し元気のないリディを励ませるものがないかと街をぶらぶらしながら散策していたら……いつの間にか人通りの少ない街の外れまで来てしまった。

 

 「あらら、ここどこだろ……まぁ、街中だしそのうち知ってる道に出るでしょ」


 最低限必要なものは買えたし、このまま瞬間移動してしまおうかなと思ったがリスクを考えあきらめた時……ふと、視界の端に気になるものを見つけた。

 ……家だった。広い敷地に庭、かなりこだわって造られたんだろうなという印象。なぜか呼ばれているような気がしてふらりと近づこうとしたら……通りかかった顔見知りの市場のおじさんが


 「おい!お嬢ちゃん、そこは入ったらいけねよ!」

 「あっ、すいません。つい……おうちの人のご迷惑になるところでした」


 おじさんは一瞬困ったような表情で


 「いや、そこはもう何年も人は住んでねぇ……その家にはかつて精霊魔法で名をはせた方と鍛治職人の夫婦が住んでおったんだが……7、8年くらい前に旦那を亡くしてからは、ばあさんが1人で住んでおった。優しくて気のいいばあさんだった。そして3年ほど前にばあさんも亡くなってしまったんだ。しばらくしてから家は売りに出されたが……買おうとしたものが次々に具合が悪くなったり、よくないことが続いてな。この家は不吉だと噂が立ち買い手がつかないまま空き家なんだ……」

 「そうだったんですか……ちなみにその方は精霊に好かれていたんでしょうか?」

 「そりゃ、精霊魔法の師とまでうたわれた方だ。精霊に好かれていたんだろうさ」


 なぜそんなことを聞くのかって? おじさんと話している最中、ずっと何かが私の服の裾を引っ張っているんですよ、ええ。恐怖ですよね……

 もしかしなくてもこの何かは精霊さんでしょうね……じゃないと怖いんですけど。それ以外だったらどうしよう。

 おじさんにお礼を言って別れた後、自分もそっとこの場を離れようとするも……裾を引っ張る力は強くなるばかり。

 あきらめて自分の裾を見るとそこには今まで目にしたことのない精霊がいた。とはいっても今まで精霊を見たことないんですけどね……こんなにも形がはっきりして見えるなんて。

 その精霊は小さな男の子のような風貌で姿が見えれば子供と間違えてしまいそうな雰囲気だった……ただ1つを除いて。彼の背中には小さな羽が生えていた。


 目が合うと嬉しそうに笑い、そのままぐいぐいと家の方へ引っ張っていく。力強いなぁ……

 そのまま門を通り小さな花壇や物置にしては立派な小屋の脇を通り過ぎ家の中へ……その時ふわりと空気が変わった。暖かい何かに包み込まれたような心地よいものだった。


 「ようやく来てくれた。僕はキュリエル!この家を守っている精霊だよ!」


 心地よい空気に浸っていると


 「あれ、おかしいな僕のテリトリーに入ったから言葉が通じるはずなんだけど」

 「ああ、ごめんなさい。聞こえてるよ、私はエナよろしくね」

 「なーんだ、よかった。このままだったら耳元で叫ぼうかと思ってたのに」


 何とか鼓膜が破れるという事態は回避されたようです。わーい。


 「それで、どうしてあなたは私をここへ連れてきたの?」

 「うーん……気に入ったからかな? あの人と似ている気がしたのかも……それよりさ、今までこの家を買おうとしてた人たちは取り壊して新しい家を建てようとしたんだ……だから追い払ってやったんだ! ねえ、この家を買ってここに住んでよ!」


 あの人って、ここに住んでいたおばあさんのことかな。まぁ、こだわって造られているとはいえかなり年季が経っているようだから取り壊そうとする人がいるのも無理もないと思うけど……彼にとっては思い出の家がなくなることが耐えられなかったんだろうな。


 「うーん……私にはもう家があるのよ」


 すると途端に精霊の顔が悲しみでゆがんだ……うぅ、そんな顔しないでよ。


 「ねえ、どうしてもだめなの? 僕、頑張ってこんなにきれいにしてるのに。この家に住んでくれたら迷惑かけないし、家もきれいにするから……」


 確かに何年も人が住んでいないとは思えないほど家がきれいだ。

 それに古いけど、建てた当時からしたら、かなり立派な部類に入る家だろうし……そういえば庭の花壇にも花が咲いてたっけ……ずっとひとりでこの家の主人だった夫婦のことを思って手入れしてきたのかな。


 「私は違う国から来たの。いつか戻る時が来るかも……それに週に1度ぐらいしかこの家には来れない。住んでいるとは言えないかもしれないよ……それでもこの家を買ってほしい?」


 少し意地悪かなと思ったけど初めにしっかり伝えておかないと。

 彼はそれでもこくりと頷いた。


 「……時々は泊ってくれる?」


 はぁ、こうなったら私も腹をくくらないとね。いいように考えよう。うん、瞬間移動用の家が街にあれば森の家と一瞬で繋がから往き来の苦労がなくなると思えば……なかなかいいんじゃないかな?


 「……わかった。泊まれるときはなるべく泊まるよ。これからよろしく」

 「ほ、ほんとにほんとに買ってくれるのっ」


 あ、家ってどれくらいするんだろ……今までの稼ぎで買える……よね?

 今さら買えませんでしたじゃ済まないんだから!精霊って怒ったら何するかわからないし……よし、徹底的に値切ろう。そうしよう。心の中の決意は隠しつつしっかりと頷いた。


 「あと言っておかなければならないことがあるんだけど……私は森の奥に住んでいて時々泊まりにくる人がいるのね。あとは、週に1度この街にポーションの納品や買い物をしに来ているの」

 「ま、待って、待ってよ!森の奥って!何日もかかるでしょう。それに泊まるって森の奥に泊る人なんていないよ」

 「まあ普通の人ならね。私は瞬間移動が使えるから。だから、ここに来るときも突然現れると思うけどあんまり気にしないでね……それに、家に泊まりにくるのは森の奥とか関係なく来れる人だから森の奥でも問題ないの。あと、向こうの家に1人女の子が暮らしているの。こっちに一緒に来ても驚かず仲良くしてあげてね?」


 精霊のキュリエルは若干混乱した様子だが、一応頷いたので良しとしよう。

 さて、この家を買うとしましょうか。


 あー、リディにも帰ったらちゃんと話さないと……ほ、ほらっ、新たな友達ができれば少しは寂しさを紛らわせられるかもしれないし……うん、ブランがちょっと怒りそうな気がしてきたな。


 さっそく市場にいるであろう先ほどのおじさんに会いに行く。だって、どこで家が買えるのかわからないし……おじさんなら知ってそう。

 おじさんにあの家を買いたい旨を伝えると、正気かい? お嬢ちゃん。とかなり驚いた後、心配し必死に止めようとしてくれた。その心遣い、ありがたい。

 それでも意思が変わらないとわかるやあの家を扱っているところを教えてくれた……そこは商業ギルドだった。

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